▼ 今も昔もまぼろし
夢を見ている。
女を抱く夢だ。
微笑みかける女は、愛しく想う女であった。
彼女が笑んで、――あまいゆめは終わりを告げる。
エフラムは簡易寝台から跳ね起きた。
天幕の中はまだ暗く、夜も明けぬ時間のようだ。
生々しい夢だった。まるで、本当にナマエを抱いているような……
何事もなかったように眠りにつくこともできず、エフラムは手早く衣服を着ると、槍を片手に天幕を出た。
天幕を出るとすぐに、杖を抱き歩くナマエの姿が視界に入る。
ナマエも気づいたのだろう。
険しい顔をしながら近寄ってくると、お説教が始まった。
「供もつけず、お一人で出歩くのはおやめください」
「武器なら手にしている」
「そういう問題ではありません!」
ちっとも迫力のない怒り顔を前に、エフラムは声を上げて笑った。
そうだ。ナマエはこうでなくてはならない。
甘え、媚びた笑みをみせるだなんて今も昔にもない。夢の中の笑みはすべてまぼろしだ。
24/01/01
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