庭球短編 | ナノ
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▼ やきもち




「ねぇ、千歳くん」

 いつもならば穏やかな声と笑顔で「なんね?」と返してくれるのが、千歳千里という男だ。しかし、今日は違った。返事もなければ笑顔もない。どこかムスッとした顔で黙ってこちらを見下ろしている。
 千歳を怒らせるようなことをしただろうかと首を傾げる。温和な千歳は滅多に――いや、今までに一度も――怒る素振りを見せたことがない。そんな彼が呼びかけに無言を貫いているのだ。きっと、知らぬうちに、千歳を怒らせるようなことをしてしまったのだろう。

「千歳くん、わたし、何かしたかな?もし、怒らせるようなことをしてたらごめん。悪いところがあったなら言って? 次からしないようにする」

 少しの沈黙をおいて。
 やはりムスッとしたままで、千歳が口を開いた。

「白石のことは名前で名前で呼ぶとに、なして俺んことは名前で呼んでくれんと」
「……え、」
「俺んことも名前で呼んで欲しか」
「ち、千歳くん?」
「彼氏んことは普通名前で呼ぶもんたい」

 千歳の顔はいたって真面目。

「……千歳くん、もしかして、やきもち……やいてる、とか」
「悪かか?」
「わ、悪くはないよ。ちょっと……驚いただけで」

 いつも飄々としていて、マイペースで。
 大樹のようにどっしりとしている千歳が、こんなにもささいなことで機嫌を悪くするだなんて思ってもいなかった。

「好きな女んことに必死になってなにが悪か」

 むくれ顔でそんなこと言うを千歳のことをかわいいと思ってしまったのは、自分だけの秘密だ。

 

2018/11/11
2019/04/07 拍手再録

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