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▼ とびきりあまい。

 ディーアが手にする白い小皿の上にはクッキーが二枚。
 見た目はどちらも同じ、ように見えるのだけれど。

「食べてみて」

 ディーアに促され、ミュカはクッキーを一枚手に取り、口に運んだ。
 バターがほのかに香るクッキーは甘さ控えめで、食感はさくり、としているのに、口の中で泡雪のようにほろほろと崩れていく。

「……おいしい」

 ミュカが呟くと、ディーアが少しだけ眉を潜めた。

「もうひとつも、食べてみて」

 小皿に残るクッキーに、ミュカは手を伸ばす。
 さきほど食べたクッキーと比べ、見た目には大きな変化はない。
 けれど、香りがちがった。
 バターを使ったクッキーだというのは、匂いで分かる。けれども先に食べたクッキーと、微妙に香りがちがう。見た目は同じでも、どうやら二枚のクッキーは別物らしい。香りが違うのは、使用されているバターが違いだろうか。そんなことを考えながら、ミュカはクッキーを口に運ぶ。
 さくり、として、次いで、ほろりと崩れる食感はほぼ同じ。
 味もちがった。先に食べた一枚は甘さは控えめだったが、後に食べた一枚は甘みの中に塩気がある。

「こっちも、おいしい」
「どっちが美味しい?」

 ディーアが詰め寄ってくる。顔は真剣そのもの。どちらもおいしい、という答えでは、ディーアは納得しないだろう。

「どちらもおいしいけれど。……わたしは、後に食べたものが好みよ」

 ただ甘いよりも、塩気のある方が好みだったので、正直に答えると。ディーアが大きく息を吐き出し、心底、安堵したような顔をした。

「先に食べたクッキーは父さんが作ったもので、ミュカが後に食べたものは、俺が作ったんだ」
「ディーアが? 紅茶やコーヒーを美味しく入れるだけじゃなく、お菓子作りも上手なのね……」

 ミュカが感慨深げに呟く。
 すると、ディーアがほんの少し、ミュカとの距離を詰めてきた。

「父さんは、ミュカの好みなんて知らないと思う……」
「……そうね。ジョーカー様は、カムイ様以外に興味がないから、わたしの好みなんて知りもしないと思うわ」

 ディーアの父親であるジョーカーの全ては、主君であり妻であるカムイただ一人に向けられている。ジョーカーの心に他人が入る余地はなかった。今までも、そしてこれからもずっと。

「だからさ」

 ディーアが手にしていた小皿を机の上に置いた。その手がミュカの肩を抱き、すっぽりと腕の中に包み込む。流れるような仕草で、声を上げる間もなかった。

「俺にしなよ。俺なら絶対に、ミュカを泣かせない。……味の好みだって、全部把握してるし?」

 囁く声も甘ければ、見上げた先で微笑むディーアの顔も甘い。
 ミュカは一瞬にして顔を赤く染める。
 
 ディーアの誘惑は、とびきりあまいものだった。



2022/12/07
 

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