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▼ ねぇ、こっちむいて

わたしが覚えている一番古い記憶は、母の葬式だ。
 幼くて『死』というものが理解できなかったわたしの手をずっと握っていてくれたその人は、今にも泣き出しそうな顔をしていたけれど、わたしの前でついぞ涙をこぼすことはなかった。
 ――もう、十年以上前の話である。


 ******

 
 この日、本丸は賑わっていた。
 わたしが――本丸の主が、成人を迎えたからである。
 朝から執務室にはひっきりなしに刀たちが訪れ、祝いの言葉とともに誕生日の贈り物を持って来るものだから、執務室は執務室の体をなさず、プレゼント置き場と化している。執務はもちろん捗らない。それでも長谷部や松井、歌仙が青筋をたてることがないのは、急を要する執務がないからだ。

「主さんももう成人かぁ」

 感慨深げにそう呟いたのは、母の懐刀だった乱藤四郎だ。
 母は審神者で、わたしの前のこの本丸の主だった。母は病で、わたしが幼い頃に亡くなり、その後をわたしが引き継いだというわけである。と、いっても、母が亡くなった当時、わたしはまだ小さな子供だったため、本丸の運営は母の初期刀であった蜂須賀虎徹を中心に、刀剣男士が行っていた。わたしは彼らに養育され、守られながら育ったため、古参の男士からすれば主でありながら、まだまだ庇護する子どもであるらしい。

「そうだよ。もうお酒だって飲めるの」
「次郎太刀と日本号が君のためのお酒を選んでいたね。飲むのは良いけど、節度は守るように」

 歌仙は飲酒を認めながらも、釘をさすことも忘れない。二日酔いは辛いらしいので、酒量はほどほどにしておこう。

「そうだ、主さん。今日はあの着物を着たら?」
「先代が残した桜の着物ですね。きっと主にお似合いですよ」

 乱と長谷部の提案に、わたしはうーん、と考え込む。母はいくつかわたしに形見を残していて、その一つが桜の描かれた薄紅色の着物だった。母が気に入っていた着物で、染めも柄も美しく、わたしも好きな一着ではあるのだが。

「……うん、そうだね。二人がそう言うなら、着ようかな」


 胸のつかえを押さえ込んで、わたしは乱と長谷部に微笑みかけた。


******


 自室に戻ると、わたしは桜の着物に着替えた。姿見で、着付けに不具合がないかを確認すると、深呼吸ひとつして、部屋を出る。この着物は好きだけれど、着たくない理由がひとつだけ、あるのだ。

「おや、お姫じゃないか」

 髪を結い直してもらおうと、清光の部屋へ向かっていたわたしに声をかけてきたのは、鶴丸だった。鶴丸はこの本丸でも最古参の一振りで、わたしを絶対に『主』と呼ばない。

「着替えたのかい? その着物、よく似合ってるぜ」

 鶴丸が目を細めた。微笑んでいるようにみえるけれど、笑ってはいない。昔を懐かしむ眸だった。鶴丸は、わたしの姿に誰かの面影を見つけている。その面影が誰だなんて、言うまでもない。今は亡き母だ。

「今日で成人だったな。あんなに小さかったきみが、こんなにまぁ……大きくなって。母御も喜んでいるだろうぜ」

 鶴丸はそう言って、わたしの頭をくしゃりと撫でた。幼いこどもにするように。
 母が亡くなった後、わたしの面倒をよく見てくれたのが鶴丸だった。どこに行くのも一緒で、眠るのも一緒だった。いたずらも教えてくれて、たくさん叱ってくれて、思う存分甘やかしてくれた。育ての親、といっても過言ではない。
 ……そう、思え続けていたら、どんなに楽だったか。

「ねぇ、鶴丸。わたし、少しは綺麗になった?」
「あぁ、ずいぶんと別嬪さんになった。母御にそっくりだ」

 鶴丸が笑う。
 わたしは、心で泣いた。
 鶴丸はわたしを通して、いつだって母を見ている。
 
 ねぇ、鶴丸。『わたし』をみて。

 胸の痛みに耐えながら、わたしは笑う。

「そっか。わたし、そんなに母さんに似てる?」
「あぁ、似てる。……まぁ、母御のほうが艶と色気はあったが」
「鶴丸! 一言も二言も多い!!」

 怒るふりをすれば、鶴丸が愉快げに笑う。ひとしきり笑って、鶴丸はすうっと、目を細めた。かなしさと、いたさと、愛情をまぜこぜにした目だった。

「その桜の着物を着た母御は本当に綺麗だった。きみは年を経るごとに、母御にそっくりになっていく」

 鶴丸が、母に抱いていた感情は敬愛だろうか。恋慕だろうか。
 わたしには、分からない。
 けれど、母んの葬式でわたしの手をずっと握ってくれていた鶴丸は、泣きそうな顔をしていて、この本丸で一番、母の死を悲しんでいるようだった。
 鶴丸の眇められた金色の眸に映っているのはまぎれもなくわたしなのに、鶴丸はわたしを見ていない。
 わたしを通して、今は亡き母を見て、想っている。

 ねぇ、鶴丸。
 こっち、向いて。

 ――いつになれば、鶴丸は、母ではなくわたしを見てくれるのだろうか。



2022/11/12
2023/11/07 拍手より再録

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