▼ 苦くて甘い
【苦くて甘い】
「きみ、これは……」
「……いらないのなら、いいです」
――自分で、食べますから。
素っ気なく言う彼女から自分に差し出されているのは、色鮮やかな包み紙に包まれた小さな箱だ。
鶴丸の両手にすっぽりと包み込んでしまえそうなその箱は、包装の鮮やかさからけして安価なものではないのだと予測がついた。人の身を得て、早一年以上。現世の季節ごとの『いべんと』にも疎かった頃とは違い、この時期に贈られるものが何であるのかは容易に察することができる。
鶴丸が驚いたのは、そういった行事に無関心のはずの彼女が自分へと贈り物をしてくれたからだ。堀川や燭台切が「ともちょこ」なるものを作り配っていたが、まさか彼女が、個人的に贈り物を用意するだなんて誰が想像しただろう。
「……俺がもらって、いいのか?」
「……いらないのなら、いいと言っているでしょう」
能面のような顔を失意に曇らせ、差し出した箱を着物の袂に戻そうとする彼女の手から、鶴丸は今まで一番の機動で箱を奪い取る。
すると彼女はぱちりと、瞬きひとつした。どうやら驚いたらしい。
「――これはありがたく、頂く」
「……そうですか。では、わたしはこれで」
そう言って鶴丸の顔を見た彼女の顔がほんの少しだけ赤らんでいて、鶴丸の頬が自然と緩んだ。そんな鶴丸に気を止めることなく、彼女が背を向けて去っていく。小さな彼女の背が完全に視界から消えると、鶴丸は箱の包みを解いて、箱の中に綺麗に並んでいるチョコレートをひとつ指で摘まみ、口に放り込む。
甘くて苦いそれは、まるで彼女のようだと鶴丸は思った。
2018/02/11
2018/03/08 拍手より再録
prev / next