紫A




紫の指が机の上を少し迷って埋もれていた一つの書類を摘む。淀みなく動く左手と器用に書類を纏める右手と、身体は微動だにしないのに両手だけが忙しなく動くのが少し可笑しい。
ベッドに横になってカインさんの横顔を見つめてどれほど経ったか。持ち込んだ小説を読みきるほどには時間が過ぎたはずだが全く変わらない姿勢と集中力はすごいとしか言いようがない。



「カインさん、お茶でもいれますか?」



ふと空のコップに気がついてそう声をかけたが耳に入らなかったのだろう返事はなかった。邪魔かと聞くのは諦めて組んだ腕に顎を沈める。手伝えるならいいのだけれどカインさんでなければ処理出来ない書類だ、カインさんにしてみれば邪魔せずおとなしくしているのが一番助かるだろう。読み返すのに飽いた本を投げ出して再びカインさんの横顔を見つめる。小説は二、三度読めば飽きてしまうのにカインさんを見る事に関しては飽きるという事がないから不思議だ。



「寒っ…やっぱりお茶淹れますね」



暖炉に火を入れるほどではないがこうして動かずにいると少し寒い。聞いているのかいないのか動かぬ表情にそう言ってお湯を沸かす。彼の間近にあるコップを取る拍子にふとそれが気になった。



「…綺麗ですよね、指」



見慣れたそれだがなんとなく。ふと、改めて綺麗だと思った。



「指?」



視線こそ書類のままだがなんの事だと言う風な声音で一言返事が返ってきた。



「カインさんの指。指というか爪ですね。紫色が綺麗だなと」



いくつかの書類をまとめて握る右手。その紫にそっと触れば今更なんだと彼は少し笑う。



「いえ、なんとなく。前々から綺麗だとは思ってましたけど」
「美しくしたくてしているわけではないがな」
「唇と同じ意味ですよね。昔に聞いた気がします」



仮に戦いで身体が飛んでも紫のおかげで国には帰ってこれる。この紫はバロンの武人の証だから。



「今はもうこんなものしている奴はいないがな」
「昔にカインさんにしている理由を聞いたけど答えてくれませんでしたね」



投げ出された手をとって軽く甲に口づける。今回も沈黙しか返ってこないがあの時よりは彼の気持ちがわかる気がする。バロンの証である紫は僕が出会った頃からその唇に、指に存在していた。バロンから離れたはずの彼の身体に。おそらくはどんなに親しくなっても彼はその理由を語らないだろう。僕には、他人には計り知れない彼の心の中。



「僕ね、カインさん」



少し沈黙が落ちた部屋に努めて明るく声を出せばついっと視線だけが返ってきた。彼が座っている椅子を軽く引いて無理矢理こちらに向かせれば良からぬことを察したのか彼の片眉が上がる。



「なんだ」
「あと何年かしたら成人です。その時にその伝統の紫の化粧が支給されるんですけどね、」



僕には必要ないかもしれないですとにこりと笑えば軽く首が傾げられる。どういう事だと問うその形のいい唇に吸い付けば甘い行為に酔う間も無くぐいっと顔が押し返された。



「話の筋が通ってないぞ」
「そんな事ないですよ。ほら見てください」



目を眇めるカインさんに笑って唇を指差す。いつも完璧に紅が引いてあるその唇に口付けると自分の唇にもそれが移るのだ。



「ね。カインに毎日口付けてれば紅引く必要ないですね」
「阿保か。馬鹿な事言っていると追い出すぞ。俺は忙しい」



心底呆れた風な顔で書類に向き直るカインさんに笑ってお茶淹れますねと今度こそカップを持ち上げれば早くしろとの言葉が返ってきた。結局追い出さない彼が可笑しくて自分の唇の紫が愛しくてつい顔が緩んでしまう。父さんには父さんのカインさんにはカインさんの紫の理由があるように僕には僕の理由がある。早くこの紫を身に纏える日が来るといいと思う。この色は愛しい人の色だから。















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