それは別腹。
つるんとした三角形。茶色のそれを暇にまかせて剥いては食べ剥いては食べてどれほど経ったか。ウキウキと山ほど茹でた栗だがさすがに飽きてきた。両の手では集められないほどの殻、飽きるのは当然なのだが。
秋、王宮の裏手の森の中に毎年立派な実をつける栗の木があるのだ。大ぶりなそれは茹でると甘く美味しく毎年採れるだけ採っては母が腕によりをかけて栗料理を作るのだ。柿や栗などは豊作の年とあまり実がならない年と交互にくるらしく今年は特に大量に栗が採れた。おやつにと籠いっぱいの栗を貰ってカインさんの部屋で茹でているが美味しくてもこう大量ではさすがに飽きる。
「全身栗になっちゃいそう」
栗で膨れた腹をさすった時だった。
「…なんだこれは」
書類を手に入ってきたカインさんがぎょっとした風に足を止める。おかえりなさいと立ち上がった瞬間、机の上の残骸が雪崩を起こして床に栗の皮が散らばった。
「俺の部屋で何してる」
「栗を食べてました。美味しいけどたくさん食べるものじゃないですね」
「…これだけ食っておいて言うセリフではないな」
カインさんの足元まで散らばってしまった殻をつんとつつきながら呆れた風に目を眇めるカインさんに今さらながらちょっと恥ずかしくなってだって美味しいんですよと言い訳すれば彼はさらに呆れた風な顔をする。
「いくら美味しくても限度があろう。それにただ茹でただけの栗など飽きるだろ」
「今ちょうど飽きてきたところです」
「だろうな」
フッと笑うと書類を無造作に机に置いてまだ剥いていない栗を手に取るとナイフで器用に皮を剥いていく。
「カインさんも食べるんですか?」
「見てないでお前も剥け」
ぽいっといくつか栗を渡されて慌てて皮にナイフを入れる。剥けたそれをカインさんに手渡せば台所で小さな鍋を取り出した。
「何を作るんですか?」
栗で何かを作るらしい彼にわくわくと質問すればちらりと視線が寄越されただけで答えはなかった。おとなしく背後にくっついて手元を覗き込めば黄色い粒が鍋に並べられてその上にかかっているあの白いのは砂糖だろうか。
白い湯気に甘い匂いが乗ってなんとも幸せな気持ちになる。
「これは甘露煮ですか?美味しそう」
「あいにく砂糖くらいしかここにはないし栗ご飯などはローザが作るだろうしな」
「なんでも出来るんですね。あとどれくらいで出来ますか」
コトコトと煮込まれるそれはなんとも美味そうでカインさんの肩越しに身を乗り出せばこれまた呆れた声が返ってきた。なんだか今日は呆れられてばかりだが好物なのだから仕方ない。
「熱々を食べるものではないぞ。冷めるまでお預けだな。それにお前腹が出てるぞ、食べ過ぎだ」
「明日うんと運動するから大丈夫です」
ぽんと栗が詰まったお腹を叩かれて少しバツが悪く言い訳すれば声こそ発しなかったが彼の口角が少し上がった。確かに食べ過ぎたお腹は苦しくてちょうどいい位置にあるカインさんの肩に顎を乗せればいきなり口の中に剥いた栗が突っ込まれた。
「ちょっ、カインさん、」
「ああ。これは食べ過ぎるのもわかるな」
美味いなと涼しい顔で栗を食べるカインさんにもごもごと抗議すればもう一つ栗が突っ込まれてしまう。焦る僕を横目で見て可笑しそうにくつくつ笑う顔は悪戯で、隙あらばもう一つ突っ込んでやろうと待ち構えている左手に慌てて肩から顎を外す。背後にぴったりくっついてもごもごと咀嚼しながらパンパンに膨れた腹にさすがに気持ちが悪くなる。
「冷めるまでどうせ腹には入らんだろ。食休みだな」
「しばらく何も食べられなさそうです。苦しい」
「それだけ胃が出てれば当然だな」
苦しさに唸ればフッと軽い笑い声が返ってきた。これは夕食は入らないなとお腹をさすって食べ散らかした残骸の山を少しの後悔で見つめる。
…それでも僕はカインさんの作ったそれを食べずにはいられないのだろうけれど。