ハロウィン
王宮では毎年ハロウィンは盛大なパーティーが開かれる。今年も例年通り行われる予定だったが一昨日からの嵐で海を渡ってくる客人が多い事を思えば中止せざるを得なかった。
王宮の一番高い塔の屋根に登って夜空を見上げる。嵐は過ぎたが風は未だ強く、まとってきたマントを掻き合わせても少し肌寒かった。
外交に出かけたカインさん…部隊長達も嵐で足止めされているらしく予定では今朝帰ってくるはずだったが未だその気配はない。
日付も変わろうとしている今、こうして待っていても来るはずはないのだがなんとなく待っていたい気がして暗い空を見つめる。
もう少しだけ待ってみようと何度目か空を見上げた時だった。遠くの空にきらりと何か光った気がして目を凝らす。雲の流れか星か、でも何か動いている気がして目を細めて見つめればもう一度きらりと何かが光った。それは感覚を狭めてきらりきらりと光る。
「あ…」
何かが確実に近づいてきて暗闇の中に大きな影が浮かぶ。光るそれは近づけば見慣れた鱗だとわかった。月明かりに煌めくそれは飛竜の鱗。
「セオドアか。こんな所で何をしてる」
「…カインさんを待っていました」
風を巻き上げて間近に降り立つ飛竜の背中には僕の待っていた金の人。身軽に飛竜から降りると飛竜の首を労わるように叩く。
「待っていたのにあれですけど本当に戻ってくるとは思いませんでした」
「この嵐で足止めだったからな。報告もあるし部隊より一足先に戻ってきた」
明日には本隊も帰ってくるだろうとの言葉にお疲れ様ですと礼をすればカインさんはところでと僕のマントを摘んだ。
「一体いつからここにいたんだ。秋とはいえ寒いだろう」
「カインさんが温めてくれれば…」
「飛竜よ、セオドアはお前に口付けて欲しいそうだぞ」
言い終わらないうちにガパッと開いた大きな口に慌てて後ずさればカインさんはおかしそうにくつくつと笑った。表情などないはずの飛竜もニヤリと笑った気がして思わずむくれればいっそうおかしそうに笑われてしまう。
遠ざかる飛竜を見送って二人、カインさんの部屋へ戻る。外とは違う暖かな部屋の空気が心地いい。
「温かい物でも入れよう」
座れとの言葉におとなしくベッドに腰を下せばカインさんは僕用に紅茶を、自分用にワインを火にかけた。手際よく作業する背中を見つめつつ忘れていた自分の目的を思い出す。ぴったりと背中にくっついて少しだけ振り返ったその顔に笑いかけた。
「カインさん、トリックオアトリート」
ハロウィンの決まり文句、お菓子をくれなきゃイタズラするぞと。子供だけの言葉だけどまだ未成年だしと言い訳して。
カインさんがお菓子など持っていないのは知っているがあえてだ。どんなイタズラをしようかと密かにずっと楽しみにしていたのだ。
「残念だな、セオドア」
「え?」
ニコニコと笑う僕に対してしばらく無表情に作業していたカインさんだが突然ニヤリと口角をあげるとおもむろに懐に手を入れて小さな包みを取り出した。
「一日中子供に同じ事を言われてたからな。配ったキャンディの余りだ。」
コロンと。およそカインさんには似つかわしくないピンク色のキャンディが一つ。…お菓子を貰ってここまで嬉しくないのは初めてかもしれない。
「…ありがとうございます…」
イタズラする気満々だっただけに複雑な気持ちでキャンディを摘めば珍しくカインさんが声をあげて笑った。
「酒の肴にお前の反応を楽しむつもりだったが予想以上だな。そんなに落ち込まれるとは思わなかった」
「趣味が悪いですよ。…せっかくイタズラできると思ったのに」
「俺にイタズラするために待ち続けていたお前もなかなかだろ」
そう言われるとぐうの音も出ないのだけれど。くつくつと笑いながらホットワインを飲むカインさんにそんな上機嫌な彼を見れて嬉しい気持ちとやはり残念な気持ちと複雑な思いで貰ったキャンディを見つめれば紫の指が僕の手からそれを奪っていった。
「セオドア、トリックオアトリート」
「え?」
というか子供だけの行事ですよねと自分を棚に上げて問えばカインさんはそれには答えずもう一度トリックオアトリートと笑った。
「ないですよ、お菓子。」
「では悪戯だな」
言うと僕から奪ったキャンディの包みを解いて自分の口に放り込む。かすかに口の端を上げると僕の頭を引き寄せた。
おそらく僕以外見れないであろう距離で綺麗な目と目が合う。ぽかんと開いた口の中に甘い塊がコロンと転がってきた。
「当たり前だが甘いな。苦手だ」
「…一応聞きますが酔っていますか?」
何事もなかった様にワインを飲む彼に問えばさてなと読めない返事が返ってきた。イタズラする気はあってもされるとは思わなかったので思わず立ち尽くしてしまう。
「ハロウィンもなかなか楽しいな」
そんな僕を見てフッと笑うカインさんにもう一度趣味が悪いですよと呟けばお互い様だとまたくつくつと彼は笑った。