沈黙も悪くない
朝方襲ってきた魔物は力こそ強くなかったが厄介な呪文を繰り返す相手だった。経験の差か彼は素早く避けたけど沈黙、毒、麻痺とフルコンボで食らった僕は完全に戦闘の足手まといだった。
結局倒れ伏してる僕をよそに魔物は彼の剣一閃で倒れたけれど。
「今治してやる」
荷物をほどきながら治療薬を取り出す彼にうなずく。
渡された毒消しをおとなしく飲んでいると荷物を見つめたまま何事か考え込んでいる彼に気づいた。
さっき食らった沈黙のおかげで話せないからただ首を傾げる。
「いや、やまびこ草がなくてな。…万能薬もないな。」
え。と言った言葉はやはり音にならなかった。
じゃあずっと沈黙のまま?
そんな僕の心の声に答える様に、山を下りればカイポがあるからそれまで耐えろと淡々と言われた。
薬類はたくさんあるから僕の呪文が出来なくなったところで支障はなかった。ただ話せないのは思いのほか不便だった。会話は元からたいして交わしてないからいいものの呼びかけや返事が出来ないため彼はいつもより多く僕の目を見た。何かあれば彼が問いかけ僕がただ頷く。いつもとは逆なそれがなぜかとても落ち着かない。
休憩しようと少し開けた森の中で彼は荷物をおろす。それにまた頷き自分も背中の荷物を解いた。
なんとはなしに辺りを見渡せば少し離れた木の根元にきらりと光るものがあった。なんだろうと近づけばどこぞの魔物が落としたのだろうか銀色に輝く林檎がひとつ。
色こそ不気味だが食べれば体力が上がる不思議な林檎だ。
そっと拾って目を閉じて座る彼に近づく。迷惑をかけている詫びに渡したかったがそうだった、沈黙で声が出ない。
触るなと言われたわけではないが彼は人との接触があまり好きではなさそうだった。ぴんとした緊張感が常に彼を包んでいてとても気安く触れない。
どうしようかと少しの間迷って、意を決して彼の肩を軽く叩く。
身体はそのままに目だけが僕に向けられた。
「どうした?…落ちていたのか?」
僕の手の中の林檎に気づいて不思議そうにする。見つけた木の根元と自分とを交互に指差せば合点がいったのか、ああとひとつ頷いた。
「どこぞの魔物が落としていったか」
自分と同じセリフを言う彼に少し嬉しくなる。笑顔で林檎を差し出せば彼も少しだけ笑った。
「俺にくれるのか?有難いが俺より体力が無いんだ、お前が食べろ」
気持ちだけ貰っておこうと言う彼にぶんぶんと激しく頭を振る。頑なな気持ちを察してか、では…と彼は小さな小刀を取り出した。
「半分ずつ食べればお前も文句なかろう」
半分に切られた林檎を受け取って、いただきますと呟いた。相変わらず音にはならなかったけれど。
ふと、彼が僕を見つめているのに気づいて少しどきまぎしながら首を傾げた。
「いや…自分の知り合いに似ててな」
それだけで彼は何も言わなかった。ただ並んで林檎にかじりつく。
見た目に反して甘い林檎が体に染みていくのがわかった。