交情A

セシル・カイン




二人きりで飲まないかとセシルが久方ぶりに自室を訪ねてきた。昔から変わらない柔和な顔には似合わず意外とセシルは酒に強い。若い時は明け方まで二人、飲み明かすことは時折あったがここ最近はーセオドアが入り浸っているのも理由のひとつだがー忙しくなかなかそういう機会がなかった。さて、二人きりで話すなどいつぶりか。



「入ってもいいかい?良いワインを手に入れてね。カインと飲もうと思って」



感情の読めない笑顔でにこりと笑うとセシルは手に持ったワインを目の前に掲げる。ラベルがセオドアの生まれ年なのは狙いなのか偶然なのか。



「カインの部屋に入るのも久しぶりだ。相変わらず殺風景だね」
「物を置くのは好きでは無い。必要な物だけで充分だろ」
「だからってワイングラスくらい置いてくれてもいいじゃないか。もう慣れてるけどせっかくのお酒なのに」



必要最低限の物しかない自分の部屋は当然グラスも数少ない。自分はいつも使うグラス、セシルはスープ用の器で酒を酌み交わすことなどざらだった。勝手知ったるもので食器棚を開けるセシルはいつものスープ皿を手に取ろうとしてあれ、と声をあげた。なんだとその目線を追って思わず腰が浮きかける。



「綺麗なグラスだね。物を買わない君が珍しい」



セオドアが送ってくれた水色のグラスをしげしげと見つめるセシルに内心、仕舞っておくべきだったと自分の迂闊さに悪態をつきつつ贈り物だと言えばセシルはふぅんと言っただけで誰からだいとは聞かなかった。



「いつまでそこにいるんだ。飲むのだろ」
「ああ、その前に。カインはセオドアの事どう思う?」



キラキラと金箔が光るグラスを手に遊ばせながら問うてきたセシルの表情はいまいち読めない。もしやとは思っていたが先日のセオドアの沈黙に何か勘づくものがあったのだろう。優しくおっとりしているようでセシルは実は鋭い。



「どうとは。…いい子だと思うぞ。人に優しく勉学も剣術も怠らん真面目な子だ。人望も厚い。将来立派にお前の後を告げるだろう」
「うん…ごめん、ワインは口実だ。」



ことり、とグラスの置く音がしたきり静まり返る室内にどうしたものかと息を吐く。どう言ったものかと言葉を探す自分に対して困ったような複雑な顔でセシルは笑う。



「前々から師匠と弟子の関係にしてはセオドアが近い気がしていたけれどこの間のあの子の態度に確信を得たよ。セオドアは君とその…そういう関係なのかい」



そうだとも違うとも言えずにただ押し黙るしかない自分にさらにセシルは笑う。



「あの子の君を見る目が他の人とは違うもの。あんなに愛おしそうに見てちゃ君のポーカーフェースも意味がないね」
「…ローザは」
「気づいていないようだね。ああ見えて鈍いところもあるから」



自分の隣に腰掛けるセシルの肩越しに時計を見ればセオドアがいつも押しかけてくる時間が迫っていた。



「カイン」



真剣な声音に親友に視線を戻せばその声に負けぬほど真剣な顔をしたセシルが自分の手を掴んだ。



「カイン、僕は心配なんだ。セオドアの事は親として何があっても受け入れる覚悟は遠にしてある。僕は君がまた自分を犠牲にしてしまうことが怖いんだよ」
「…自己犠牲とは無縁だぞ」
「嘘だよ。君はいつも自分を犠牲に周りを助けているじゃないか。セオドアを大切に思えばこそ言えない言葉もあるだろう。君が無理をしていないか僕はそれが心配で…」
「…俺はつくづくいい友を持ったと感謝せねばなるまいな」



真剣な顔から一転泣きそうな情けない顔をするセシルに強く手を握り返す。父親として息子を誑かす男を憎むどころか親友として自分を心配してくれている事が有難く、嬉しい。



「セオドアの気持ちを受け入れてやろうと思っている。それは自分の意思で決してあの子を傷つけたくないからとかそんな理由ではない」
「それは本心かい?」
「…ああ。セシルとローザには申し訳なく思うが」



自分を偽るのはもう慣れた。いかにセシルでも自分の心の奥底までは読めないだろう。
本心だとセオドアと同じ柔らかな目に言い切れば
じっくりと目線が絡んだのちそうかと長い睫毛が伏せられた。ならいいんだともう一度手に力を込めてセシルは立ち上がる。



「なら僕は何も言わないよ。あの子の人生だ、あの子の意思を僕は尊重するよ。…セオドアをよろしく頼むね」
「すまんな…帰るのか」
「ああ。安心したらなんだか眠くなったから。君にお客みたいだしね」



軽い足音が扉に近づいてくる。タイミングを合わせてセシルが扉を開けば勢いよくセオドアが部屋に飛び込んできた。



「わっ!父さん…びっくりしました」



自動的に開いた扉につんのめったセオドアは自らの父親の胸によろめく。二人並ぶとやはりどこか似ている。



「ごめんよ、セオドア。君の足音がしたからつい悪戯したくなってね」
「あの、カインさんに明日の準備で聞きたいことがあって…」



しどろもどろに取り繕うセオドアに対してセシルはにこりと笑うとあまり長居してはいけないよとセオドアの頭を撫でる。そのまま扉を出て行った。立ち去る瞬間、俺と視線が絡んでお互いに微かに頷く。言葉にせずともセシルと俺の気持ちは同じだろう。



「ああ、びっくりした。まさか父さんがいるとは思いませんでした。邪魔をしてしまいましたか?」



父親が離れたことを確認するとセオドアはいそいそと自分の隣へと座る。ぴったりと隣にくっついて自分を覗き込んでくるその成長した顔に微かに笑う。



「いや。大切な話だったがちょうど終わったところだ」
「大切な話ですか。気になります」
「…いつか話す」



セシルが去り際、よろしくと絡んだ視線にこの子を悲しませることはしないと改めて誓う。閉じた瞼に温かな感触を感じてその気持ちは一層強くなった。




















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