交情@
微かに聞こえる息遣いと聞き慣れた剣の音。珍しいなと音の方向に足を向ければやはりセシルとセオドアが二人向き合って剣を振るっていた。
「腕を上げたね、セオドア。今の間合いは良かったよ」
「部隊長にいつもしごかれてますから」
剣がぶつかり合う音の合間に会話を交わす二人は稽古なのにどこか楽しそうに見える。少し見物して行くかと頬杖をつきながら王宮のバルコニーから邪魔にならぬよう気配を殺して中庭を見下ろす。いつまで経っても気配を探るのに疎い王子様は気づかぬだろうしさしものセシルも剣に集中している今気づきはしないだろう。
「部隊長の稽古のおかげか。父とはめっきり手合わせする機会が少なくなって僕は少し寂しいよ」
「父さんにはまだまだ勝てませんから。それに少しは父さんも本気を出せるくらい腕を上げてからでないとつまらないでしょう?」
話し方こそお互いに穏やかだが剣がぶつかるたび激しい音が響く。セオドアの右足が下がって、このタイミングで足を引くのは悪手だなと思うと同時にセシルに残った足を払われる。バランスを崩して膝をつくセオドアの首筋にセシルの剣が止まった。やはりまだ勝てんかと一人口の端を上げる。
「…参りました。やっぱり父さんは強いなぁ」
「まだまだ負けないよ。カインには負けるかもしれないけどね」
…さて、どうだろうか。セシルと手合わせなど久しくしていないからわからないが。なぜここで自分が出てくるんだと盗み見している手前居心地が悪くなる。
「父さんとカインさんかぁ、どっちも強いからどうでしょうね。」
「カインは厳しいだろうけれど言う事に間違いはないよ。」
「そうですね、部隊長としては厳しいけどでも優しいですよ。隊務終わりには必ず労ってくれますし」
褒めてもらえるように頑張っているんですと笑うセオドアにセシルはどこか苦笑気味に笑う。隊務終わりに労うのは確かにしているがそれはセオドアが褒めてくれと言わんばかりにまとわりついてくるからだ。ペットじゃあるまいし甘やかし過ぎるのも良くないなとセシル同様苦笑してしまう。
「そういえばこの前町に聞き取り調査に行きました。行く先々で何か買うものだから帰りの荷物が大変でしたよ」
「ああ、カインの性格なら言われてもただで物は貰わないだろうからね。カインの財布はさぞ軽くなっただろうけど」
確かに帰りには腰の財布が薄くなったが。どこで何を買ったとかあそこの店は食事が美味いとかとりとめもなく話すセオドアにセシルはにこやかに相槌を打っている。二人向かい合って話す姿は楽しそうで自分の父親とは違う親子の姿が少し羨ましい。
「それから…なぜ笑うんです」
話している途中からクスクスと笑いだすセシルにセオドアが頬を膨らませる。そんな息子の顔を見ながら可笑しそうにセシルは言う。
「ごめんよ。ただ恋人を語るようにカインのことを話すものだから」
可笑しくてと笑うセシルにそれ以上の意味はなかっただろう。師匠を語るには随分と熱心なセオドアが可笑しかっただけで。なのに言われたセオドアは俺から見てもあからさまに動揺した。感情が顔に出やすいのは難儀なことだ。
「セオドア?」
唐突に言葉に詰まった息子にどうしたのだとセシルが近づく。顔を覗き込もうと身を屈めたタイミングで声をかけた。
「セシル、意見を聞きたい書類があるのだが。時間はあるか」
もちろん書類など持ってはいないが。いきなりかけられた声にセシルは少し驚いたように、セオドアは助かったという風な顔で自分を仰ぎ見る。
「カイン…わかった、今行くよ」
「頼む。セオドア、そろそろ槍術の稽古の時間だろ。先に行って準備していろ」
「…わかりました。父さん、手合わせありがとう」
顔を伏せたままそう言うと足早に去って行く背中をセシルはただ黙って見ている。嘘が下手すぎるなと同じく背中を見つめる俺との間に沈黙が落ちた。