僕の好きな色





ガヤガヤと賑わう町をカインさんと二人連れ立って歩く。物珍しさもあるのだろうか少し歩くごとに町の人々ににこやかに話しかけられるものだから少しも歩みは進まないけれど。僕一人ならいざ知らず、隣のカインさんが原因だろうなと内心笑ってしまう。
普段は王宮で父の補佐に軍の指導にと忙しい彼だ。王宮の部屋で寝起きしていることも相まって休みでもほとんど町へは下りない。季節が変わる事に町へ下りて住民に変化はないか、困ったことはないかと彼直々に聞き取りをしているもののそれは年に4回だけ、町の人たちは滅多にカインさんを見ることはない。



「こんにちは。何か困っていることはないですか?」



僕と顔見知りのパン屋さんににっこりと笑って変わりはないかと聞けば最近は魔物の数が少ないから町の外へ出かけやすいとかおかげでいい小麦が取れるとかたわいもない話をしてくれた。話をしている間にもちらちらと僕の横に移る視線に少しおかしくなる。隣のカインさんと言えば黙ってはいるがそんなおかみさんの話に生真面目に相槌を打っている。



「それは良かった。僕もあなたのパン好きですよ。特にバターパンが美味しいです」



カインさんとは違い頻繁に町へ来る僕はこのパン屋さんにもよく立ち寄るのだ。甘いバターがたくさん練りこまれたバターパンは特に美味しい。
そう言うとおかみさんは嬉しそうにぜひカイン様にも食べて欲しいと笑う。自慢のパンだと笑う彼女にカインさんは鎧の腰にぶら下げた財布から金貨を取り出すといくつかパンを買い求めた。お代はいらないと繰り返すおかみさんに半ば無理矢理お金を押し付けると紙袋に入ったパンを抱えて歩き出す。抱えた腕からいつもの甘いいい匂いが立ち上ってくる。



「あー…美味しそう」
「一応言っておくがこれは隊務の一環だぞセオドア」



言われてへらりと緩む口元を慌てて引き締めれば隣のカインさんは少し口角を上げる。槍は持っていないもののいつもの鎧に身を包んだ彼は町だと遠目からでもよく目立つ。空の色の鎧に輝く金の髪を靡かせて歩く彼はその容姿の美しさと物珍しさで町の人たちの視線を一身に集めていた。







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「さて。だいたい聞いて回ったか。次の店で終いだな」



生真面目なカインさんはわざわざ作ったらしいお店のリストを眺めると町外れのお店へと足を進める。最初のパン屋さんに始まり行く先々で何かしら買うものだから僕の両手には溢れんばかりの荷物がぶら下がっている。



「重いですカインさん」
「仕方無かろう。ただで貰うわけにはいかん」



町の人たちは聞き取りを終えるといそいそと店の商品を持ってきては代金はいらないからとそれをくれようとする。全ての店で無理矢理お金を払って逃げてきたもののさすがに両の手がもげそうだ。



「みんないい人ですね。困ったことも特に無さそうだし」
「何もないに越したことはないな。行こう」



最後のお店はどうやら雑貨屋さんらしい。いろいろな物が飾られた店内は小さいけれど細やかに並べられた商品が目を引くとてもいい店だ。
まだ若い店主にカインさんが今日一日繰り返し聞いてきた事を聞けば何も困ったことはないと彼女は明るく笑う。



「そうか。ここは町外れだから平和になったからと言っても用心してくれ。少なくなったとはいえまだ魔物はいる」



男手はあるのかとか簡単な護身術を話すカインさんに聞き取りは任せてお店をぐるりと見回す。二段目の棚のキラキラと光る髪飾りは母さんが好きそうだ。あちらの棚の万年筆は父にあげたら喜ぶかもしれない。



「あ…」



そんな事を考えながら見ていた僕の目が一つの棚に止まる。ペアグラスらしいそれは淡い水色のガラスの中に輝く金箔が散りばめられてとても美しい。いい色だと思う。僕の好きな色。



「セオドア。行こう」



唐突に肩を叩かれて少し驚く。いつの間にか終わったらしい話に慌てて彼を見れば惚けていたのはお見通しとばかりに軽く手を叩かれた。
暗くなってきた外に出て行く背中を見送って店主に例のペアグラスをくださいと言えば贈り物ですかとにこりと微笑まれた。おそらく彼女の思う贈り主と僕があげたい贈り主は違うが黙ってそうだと言えば可愛らしいラッピングに包んでくれた。




「帰ろう。日が暮れる」
「その前にこれをカインさんに」



店の前で待っていてくれたカインさんについさっき包んで貰ったそれを差し出せば彼は少し驚いたような顔をした。



「俺にか?何か買っているのはわかったがてっきりセシルとローザにかと思った」
「多分さっきの彼女もそう思ってましたよ」



可愛らしいラッピングに軽く笑えばカインさんもそうだろうと息で笑う。歩きながら包みを解く彼は中身を確認するとじっくりとそれを見つめる。



「いい色だと思いませんか?カインさんの色」



淡い水色と金の色。おまけにペアグラスだ。僕たちだけの秘密、僕たちだけがわかる物がひとつあっても悪くないと思う。カインさんの自室の棚にひっそりと置かれるだろうこのペアグラス。ひっそりと、だけど大切に大切に僕は使うだろう。



しばらくじっくりとそれを見ていたカインさんだがいい色だと思いませんかとの問いにああと相槌を打ってくれた。それはあまり抑揚のない声で嬉しくなかっただろうかと恐る恐る覗き込んだ顔はしかし僕の心配とは裏腹に優しい目元をしていた。



「ありがたく貰おう」
「使うのが楽しみですね」



日もだいぶ傾いた今、町の人たちはそれぞれの家に帰って昼とはまた違う静かな、でも温かな笑い声を響かせている。そんな笑い声や夕食の匂いを嗅ぎながら僕たちも二人自分の家へと帰る。帰ったならまずカインさんの部屋の棚に初めて二人の物として買ったこれを並べようと思う。僕たちだけの、僕たちだけが知る存在。

















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