知らず知らずに
「お名前、まだ教えてもらえませんか」
「どこの国のお生まれですか」
「もしかして武人でしたか」
かれこれいくつ質問されただろうか。答える気も必要も感じないので黙っているのに隣の子供はめげない。
子供…セオドアと言うらしいがそれを助けたのはほとんど気まぐれと言っていい。たまたま居合わせたから助けただけだがそれがバロンの子供とは偶然なのか運命なのか。
最初こそおどおどしてひ弱な印象だったが案外根性がある。それは移動や戦闘だけでなくこうして半刻ほど質問を黙殺しているのにめげない事からも伺える。
「僕の育ったバロンは、」
「…うるさいぞセオドア」
武人がどうとか軍がどうとかそんな話をする子供の言葉を遮る。日も暮れテントを張って休んでいるのだ、単純に静かにしてほしい気持ちもあるし聞いていて楽しい話題でもない。
「すみません…」
シュンと目に見えて落ち込む子供に黙って鍋をかき混ぜていたスプーンを差し出せばきょとんとする。味を見てみろと促せば大きな目がきらきらと輝いた。
「今日も美味しいです」
猫舌なのかやたら長く息を吹きかけてスープを口に含むとにっこりと笑う。美味しいと口の中で呟く子供を横目で見つつ使い慣れた器にスープを盛る。
ひとつを手渡してやれば大事そうに両の手で器を包み込んだ。
「剣術もすごいけどお料理の腕もすごいですよね。…もしかして料理人だったり?」
首をかしげて見上げてくる子供のどうやら本気で言っているらしいその真剣な目に思わずフッと息が漏れる。どうすれば俺が料理人に見えるのかと
可笑しくて年の割に大人びているこの子供の子供らしい考えが面白い。
「さてな。早く食わんと冷めるぞ」
自分の器を傾ければ隣の子供も慌てて手を動かす。なぜだか最近しきりに話しかけてくるようになった子供を鬱陶しいと思いつつその明るい存在が悪くないと思い始めている自分もいる。
「…あの、貴方は僕のこと気になりませんか?素性とかいろいろ」
「俺のことを話さないかわりに俺も聞かない。それでいい」
「…僕は貴方のこと知りたいです」
じっと大きな目で見つめてくる子供の目を見返せば恥ずかしそうに目が逸らされる。なんとしても名前を聞き出したいようだが名は無いのだ。本当に。今は名乗れる名前など無い。
「…いつかわかる」
旅を続けていけば。己を取り戻せたなら。
フッと仄暗くなる思考を無理やりスープに戻せば立ち上る湯気越しに頷く笑顔が見えた。