器用な人
【少年期】
チョキチョキと。小気味いい音を立ててハサミを動かす。目の前の鏡を確認しながら自分の前髪を整える。今までは母親に頼んでいたがもう頼むのが少し気恥ずかしい。
「戦いの時邪魔なんだよなぁ」
慎重に切っているせいかいまいち自分が思う短さに整えられない。少しだけ癖のある髪はなかなか言うことを聞いてはくれない。
「カインさんみたいな直毛なら楽なのに」
一度、彼の風になびく長い髪に憧れて伸ばしてはみたが癖のある髪は顔まわりにふわふわとまとわりついて鬱陶しいことこの上なかった。すぐに諦めて切ってしまったが未だ少し羨ましい気持ちはある。
カインさんに髪が綺麗だと言ったこともあるけれど本人は特にこだわりはない、伸ばしたままだと頓着なげに言っていた。
「あのくらい長ければいっそ楽なのかも。」
高い位置に括られた髪を思い出す。男の人なのに長髪が似合うよなぁと思う。いいのだ。僕は短い髪を貫くんだ!
「…助けてください」
「何をしているんだお前は」
ハサミを差し出せばカインさんは憐れむような呆れたような顔をした。
「自分で髪を整えてたんですけど…」
つい調子に乗ってハサミを動かしていたら切りすぎたのだと告げれば彼の目線は僕の真っ直ぐに切り揃えられた前髪に止まる。
「さらに短くするしかないな。任せろ、お前よりはマシなはずだ」
招かれるまま彼の部屋の椅子に沈み込む。はぁとため息をつけば彼は微かに笑ってもう一つ椅子を持ってくると僕の間近に座った。
「動くなよ」
僕の前髪を手に取ると真剣な眼差しで手を動かす。パサパサと短い前髪が足元へと落ちていく。
「どうにかなりますか?」
「多少な。今よりはマシになるとは思うが」
話している間にもどんどん落ちていく髪に少しだけの不安。躊躇いのない動きはカインさんらしい。
前髪が目に入りそうで目線を落とせば椅子に座った彼の下半身と下ろしたままの腰に届きそうなほど長い髪が目に入る。彼の手がハサミを動かすたび、長い髪の毛先がふよふよと揺れる。綺麗だなぁとそれを目線で追っていた時セオドアと呼びかけられて目線を上げる。休日だからかいつもより柔らかい目と視線があった。
「なぜ自分でやった。ローザに頼めば良かろう」
「…いつもはそうですけど…母さんに頼むのが恥ずかしくて」
「…そうか」
もう自分で出来ることは母親に甘えたくない。なんとなく恥ずかしい気がする。
ガシガシと頭を混ぜられて思わずカインさんと名を呼べば終わったぞと彼は微笑う。長い指が肩についた髪の毛を払ってくれた。
「先程よりはいいな。後は髪が伸びるのを待て」
「ありがとうございます。…今度からカインさんに頼んでもいいですか?」
散髪。と彼を見上げればまた軽く頭を混ぜられる。無言の肯定が嬉しくてさっきまでの沈んだ気分はどこへやら、軽くなった髪をみんなに自慢しに行こうと逸る気持ちを抑えられなかった。
その日一日髪を自慢してまわるセオドアの姿があちこちで見えた。