食後のデザートを
「うー…食べ過ぎました」
ふぅと息を吐きながら腹を触れば胃のあたりがぽっこりと丸い。戦闘に訓練にと汗を流しているからたくさん食べたところで太りはしない。が、いつもは彼を見習って少し物足りないくらいで我慢している。その反動なのか今日の夕食が好物だったせいなのか時折お腹いっぱい食べてしまう。
「茶でも入れるか?」
「いえ…それすら飲めない気が」
涼しい顔で椅子に腰掛けていた彼は僕の苦しそうな顔を見て少し笑う。せっかくだけれどお茶は辞退すれば彼は自分用にとお湯を沸かす。食器棚で長い指が少し迷っていつものティーカップではなく持ち手のないシンプルなコップを手に取った。
「あれ。いい匂いですね」
「先日ファブールに行った折に貰った」
いつもの紅茶よりも香ばしい香りが部屋に満ちる。その珍しさに負けて窮屈な腹に色の濃いそれを一口流し込めばいい苦味と香ばしい香りが舌に溶けてとても美味しい。
美味しいですねと改めて自分にも茶を注いでもらえば彼もヤンは良いものをくれるなと貰った茶葉をしげしげと見つめた。
物珍しそうに茶葉を見るカインさんの腹は夕食後も相変わらずぺったんこで僕は彼の体型が変化したところを見たことがない。
「カインさんはあれで足りるんですか?いつも思うけど」
父親の半分も食べていなそうな彼の食事に最初は驚いたものだ。かつて旅の途中、少ない食事はいつ何が起こるかわからない為食料を節約しているのだろうと思っていたがどうも彼にはあれが標準らしい。
「幼い頃からずっとそうしてきたから慣れた。今は腹いっぱい食べる方が調子が出ない気がする」
体も重くなるしなと笑いを含んだ視線がちらりと向けられて少し恥ずかしくなる。その目線に思わずいつもは節制してますよと言い訳すれば彼は知っているとまた少し笑った。
「無理な我慢は体に毒だぞ。節制せずともお前は成長期なのだからよかろう」
フッと笑うとおもむろに彼は立ち上がる。部屋の小さな棚からおよそ彼らしくない可愛らしい小箱を取り出した。
「それは?」
「茶と一緒に貰った。ファブールの茶菓子だそうだが」
開けてみればこれまた可愛らしい丸い菓子。バロンでは焼き菓子が主流だがこれは艶やかに白い。見た目にももちもちとしていそうなのがわかる。
「茶に合うらしいぞ。いつも甘いものを我慢しているだろ。どうせ腹いっぱいなんだ、これを食べたからと言って何も変わらん」
お前にやろうと膝に小箱が乗せられる。ぷるんとしたその輝きはいかにも美味しそうだ。
「食後のデザートですか?」
「たまには悪くなかろう」
「じゃあありがたくいただきます」
もともと甘いものは好きだ。しかも珍しい異国のお菓子。カインさんの言葉に背を押されてたまにはいいよねと手を伸ばす。そうだ、せっかくなら。
「カインさん、食べさせてください」
伸ばした手で箱を持って彼に差し出す。何を言ってると断られることはほぼわかっていたがもしかしたらということもある。
「何を言ってる」
いつもの呆れ顔で茶を飲む彼にやはりダメかと少し残念に思いつつおとなしくお菓子をつまむ。口元に運ぶ途中で紫の指が白いお菓子を奪っていった。
「カインさん?」
「まぁたまにはな」
ずいっと口元に差し出されるそれに思わず声を出して喜べば彼はぶっきらぼうに早く食えとさらにお菓子を押しつけてくる。珍しいお菓子もさることながら素晴らしいデザートだと笑ってそれにかぶりつく。
カインさんの指ごと食べたせいで勢いよく頭を叩かれたけれど。