苦手な事もある





「よお、セオドア。遊ぼうぜ」



マスク越しでもよくわかる明るい笑顔で近寄ってきたのはエブラーナの国王であるエッジさんだ。




「見てわからんか。鍛錬中だ。遊びたいなら他をあたれ」



僕が答えるよりも先に目の前のカインさんがジロリとエッジさんを睨めつけた。隊員が見たら震え上がりそうな厳しい目つきだが当のエッジさんは涼しい顔で僕の肩を抱く。



「久々に来たのにつれねぇなぁお前のお師匠様は。セオドアも息抜きしたいだろ?」
「ええっと…」
「セオドア、迷惑ならはっきりそう言ってやったほうがいい」



ニカッと笑うエッジさんに対して迷惑だと言わんばかりの顔のカインさんに僕はどうしたらいいかとおろおろしてしまう。そんな僕たちにのほほんとした声がかけられて振り向けばこちらも笑顔の父さんだった。
ふんわりとした空気の父親を今日ほど有難く思ったことはない。
バチバチと火花が飛びそうな二人に父さんは笑顔で割り込むと柔らかな声で双方に話しかける。



「エッジ、今日は暑いくらいだ。南の湖はさぞ気持ちいいだろうね。カイン、こう暑い日に休憩も取らず訓練は体に悪いよ。少し休憩しよう」



にっこりと笑って双方の肩を叩く父さんにエッジさんは湖か!いいな!と破顔する。



「…少しだけいいですか?」



ギラギラとした日差しに汗が止まらない僕も湖は気持ちいいだろうと行ってみたい気持ちが大きくなる。おそるおそる隣の人を見上げれば立ち去る二人を目を眇めて見ていたカインさんだが僕の目線に折れたのかため息に近い息を吐いた。











「デビルロードをですか?」
「ああ、ああいう風に地下にもっと安全な道を作れねぇかと思って」



船は時間も費用も危険も大きいからなといつもより少し真面目な顔をするエッジさんに遊びに来たのではないんですねと軽口を叩けば当たり前だろと軽く額を小突かれた。



「あはは。そうだ、エッジさんは泳ぐのは得意ですか?」



湖の水に浸かりながらエッジさんを見上げれば彼はもちろんと笑うと豪快に水に飛び込んでくる。その水の飛沫が近くに腰掛けていたカインさんの顔に飛んで、温度の低い目線が飛んできたがエッジさんは気にもせずに見てろよと水を蹴った。

エッジさんらしく豪快な泳ぎだが豪語するだけあってとても早い。あっという間に湖を往復して戻ってきたエッジさんは少しも息を乱さず余裕の表情だった。



「すごいです!僕、とても追いつけないです」
「まぁこんなもんだな」



ふんと鼻を鳴らすとちらりと水辺に座るカインさんを見る。じっとりと目を眇めて見ていたカインさんだがエッジさんの目線にぷいと顔を背けてしまう。



「なあカイン、勝負しようぜ」
「…断る」



鎧こそ脱いできたものの泳ぐ気はないらしいカインさんにエッジさんはめげない。



「勝負だぞ?俺が不戦勝でいいのか?」
「勝手にしろ」



頑なな態度にエッジさんはやれやれと頭を振る。喧嘩するほど仲がいいということわざがこうもぴったりな二人も珍しい。



「泳いだら小腹が空いた。ローザのお相伴に預かってくるかな」



戻ったら勝負だぞと言い残して去っていくエッジさんにカインさんはまたため息をひとつ。仲がいいですねと話しかけたらお前の目はおかしいのかと言わんばかりの目線が返ってきたけれど。



「もう少し泳ごうかな。カインさんもどうです」



戦闘も政治も料理すらなんでも出来る彼のこと、きっと優雅に完璧に泳ぐのだろう。僕も泳ぎは得意だから出来れば競争などしてみたい。



「…俺はいい。」



足だけを水に入れて淵に腰掛けているカインさんの隣に座ろうかと水辺に上がる。カインさんの後ろに立った時悪戯な考えが頭をよぎった。先ほどエッジさんに誘われても挑発されても頑なに泳ぎを披露しなかった彼のこと、素直に競争しようと誘って水に入るとは思えない。



「カインさん」
「セオドア…泳ぐには気持ちのいい日だろう、」



なと音を残してカインさんは水中に消えた。僕の日頃の行いのおかげか少しも警戒していなかったカインさんの背中を押すのは簡単だった。ドボンと派手な音を立てて消えた彼の姿を追っていそいそと水中に入る。



「カインさん、競争しましょう。僕エッジさんほどじゃないけど泳ぐの得意なんです」



言って水と戯れている彼に近づけば力強く抱きすくめられた。えっと思う間もなく僕の肩に手を回して水から顔を出したカインさんはゴホゴホと咳き込む。優雅とは遠いその姿に思わずぽかんとして気づく。



「もしかして…泳げないのですか?」



聞けば図星だったようでむっつりと押し黙ってしまう。少しの沈黙のあといつもより低い声で一言、泳げんと呟きが聞こえた。



「僕てっきり泳げるものと…」



かつて一緒に旅をしていた折滝壺で魔物に襲われたことがあった。記憶が確かならカインさんが水中で魔物を倒して助けてくれたはず。
そう言えば彼はバツが悪そうにそっぽを向く。ぼそりとした呟きが聞こえた。



「…脂肪が少ないせいで浮けんのだ、俺は。」



沈むのは得意だがなとやけくそ気味に呟く彼の身体は竜騎士として極限までストイックに鍛えてある。カインさんは僕よりも脂肪がない。筋肉ですら必要なものだけな彼の体は確かに水には浮くはずはない。



「…カインさんにも苦手なことってあるんですね…」



何をしても完璧にこなす彼に弱点があるとは。心底そう呟けば彼はあらぬ方を見ながら俺は超人じゃないぞと微妙な表情をする。それがすごく人間くさくて当たり前だけど彼も普通の人間なんだとなぜか嬉しくなってしまう。



そうとわかれば溺れてしまったら困るので小さく謝って抱きかかえるように彼の腰に手をまわす。水の浮力に助けられてよいしょと軽く引き寄せれば彼の顔が僕の肩口に預けられた。泳げないという事で抵抗しないのか出来ないのかされるがままのカインさんはおとなしく僕に抱っこされている。



「セオドア、水から上がったら覚えておけ」



恐ろしい言葉が聞こえた気がしたけれど聞こえないふりで水を蹴る。泳げぬカインさんを抱きかかえてラッコのように空を見上げれば暑い日差しと冷たい水が気持ちいい。水は程々に冷たいのに緊張からか汗が止まらないけれど。



「気持ちいいですねカインさん」



今日は色々と貴重な日だと笑いつつ抱きかかえた彼を見下ろせば返事こそ無かったものの先ほどの言葉とは裏腹に気持ちよさそうな穏やかな表情だった。













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