ある夜




寝苦しさに目を覚ます。水を飲もうと体を捩ると綺麗な顔が間近で寝息を立てていた。出会った頃は獣のように必要最低限の睡眠しか取らず常に動けるよう神経を研ぎ澄ませていた彼がここ最近は寝顔を見せることも珍しくない。気を許してくれたのか世界が平和になったからか僕の隣でリラックスしてくれているのか。いずれの理由にしても安心して眠ってくれるのは嬉しいことだ。



「よいしょっと…」



起こさぬよう細心の注意を払いつつベッドから立ち上がる。空いたスペースに寝返りを打つ彼の長い髪がベッドに散ってそれは一枚の絵のように美しい。



「えっと、僕のはこっち…」



喉を潤そうとコップを手に取る。カインさんの部屋の必要最低限の食器が収められた小さな棚。その一番目立つところに鎮座する二つのコップはこの間町に出かけた折にカインさんと僕、お揃いで買ったものだ。



「夏が近づいてるなぁ」



水で満たされたコップを片手にベッドに戻ればカインさんも暑いのだろうか額にうっすらと汗が見える。何本か髪の毛が額に張り付いていて掻き上げてあげようと手を伸ばす。爪の先が僅かに触れた瞬間静かに開いた目と目が合って思わず肩が跳ねた。



「びっくりした…起こしてしまいましたか?」
「…いや、癖だ。すまんな」



やましいことは無いけれど慌てて手を引っ込めれば彼は寝ぼけたように二、三度瞬く。暑いなと小さく呟いた。



「僕も寝苦しくて起きてしまいました。飲みますか?」
「ああ。いや、それでいい」



新しいものをと腰を浮かす僕を制して僕の飲みかけを口に運ぶ彼に、そんな小さなことだが嬉しくなる。
少し風を、とベッド脇の窓を開けると夜風と共に冬とは違う夏の匂いが部屋に抜けた。



「季節が変わるのはあっという間だ。」
「そうですね。この間まで暖かかったのに最近はもう暑いくらいですね」
「歳をとると一年が早い。」
「それシドがこの間言っていましたよ」



小さく笑えば俺はまだあんな歳ではないと失礼な言葉が聞こえてまた笑ってしまう。僕と一緒にくつくつと笑うカインさんの笑顔が嬉しくて外見で好きになったわけではないけれどその笑顔の綺麗さにドキドキしてしまう。
カインさんはシドやエッジさんのように声を出して笑うことはしないけどこうして静かに笑う事は実は多い。



「少し涼んだら閉めよう。あまり冷やすと体調を崩す」
「そうですね。風が気持ちいいから名残惜しいですけど」



ふぅ…とベッドに二人並んで夜風にあたる。寒くなく、かといってぬるすぎない今時期の風は気持ちがいい。隣を見れば静かに目を閉じて風にあたるカインさん。男性でしかも武人なのにすらりとした首、ベッドについた紫が飾る長い指。立てた膝。膝を借りたり手を握ったり、そういった接触はもう躊躇わないもののそれ以上は勇気が出ない。触ろうとしていつかのようにまだ早いと言われてしまうのが怖い。そうは思うが触りたい。



「…カインさん、そろそろ寝ましょう」



悶々とする思考に頭を振ってなるべく彼を見ないように窓を閉めて横たわる。向けた背中にどうしたと問いかけがあったけれどなんでもないと上掛けに潜り込む。肉食動物がいつまでもご馳走を我慢するのが不可能なように僕も。少しの勇気と、少し理性が失われたら。



「おやすみセオドア」



向けた背中越しに労わるようにぽんと軽く腰辺りを叩く手に、僕はいつまで我慢出来るのだろうかと目を閉じる。手探りで手を握れば暑さでかいつもより温度の高い手。微かに握り返してくれるその手に僕の我慢の限界も時間の問題だなと息を吐いた。














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