なぜかはわからないけど




「今日はここで休む」


有無を言わせぬきっぱりとした口調で彼は荷物を置いた。まだ休むには早い気がしたが自分よりはるかに経験豊富な彼が判断した事だ、文句など言えるはずが無い。

はい、と返事を返しテントを広げる彼を手伝う。今日のねぐらは大きな木の下だが葉が覆い茂るばかりの実もなっていないとくに面白くもない木だ。枝が入り組んでいるおかげで魔物からテントは見えにくいものの殺風景この上ない。

黙々と寝床の準備をしている彼を横目で伺う。僕はこの人の正体どころか名前すら知らない。それは彼が、名など捨てたと教えてくれないせいだがそれを抜きにしてもどこか掴み所のない謎めいた人だと思う。


呼びかける時不便なんだけどな…


名前がないならあだ名でも。なんて軽口が言えるほど彼の雰囲気は明るくない。寡黙で、一緒に旅をするようになってしばらく経つが笑顔など見たことがない。言葉は最小限、厳しいというより辛辣な印象を受けることさえあった。だからもっぱら呼びかける時はあのとか貴方とかそのような類になっている。


「セオドア。」


いつの間にかほうけていたらしく呼びかけられてびっくりする。慌てて彼を見れば火を起こすために小枝を落としているところだった。


「南に少し行ったところに沢がある。水を汲んできてくれ」
「わかりました。」


飲み水はあるのにと不思議に思いつつ沢から水を汲んで帰ってみれば彼が起こした火の横にあぐらを組んで小さな小鍋をかき混ぜていた。


「いい匂いですね」


思わず小鍋を覗き込めばさらに芳醇な香りが顔を覆った。彼はそんな僕を一瞥すると受け取った水を小鍋に注ぐ。トマトペーストのようなもったりとした中身が伸ばされソースのようなスープのような見た目になる。ふんわりと温かいいい匂いの湯気に思わず目を閉じた。

昨日下りたばかりの試練の山には川もなければ植物さえほとんどなかった。身を隠すものがないのに魔物の数は多いから煮炊きなど出来ずもっぱら干した果物や乾燥させたパンなど火を使わないで食べられるものしか食べれなかった。それについての不満はなかったがやはり温かい食べ物が目の前にあると嬉しくなる。


「美味しいです」


彼がよそってくれた器を包み込むように持てば、両の掌に久しぶりの温かさが嬉しい。一口飲めば芳醇な香りに負けない濃厚な旨味が口の中を満たした。


「久しぶりだからな」


ほう…と思わずうっとりとした息をつけば向かいに座る彼も静かに器を傾ける。
中身はなんなのかいまいちわからなかったがとても美味しい。


「お料理得意なのですか?」


彼の荷物に調味料など入っているわけはないはずなのに複雑な旨味を纏うスープに思わずそんな事を聞いてしまう。
単純に意外だった。
彼は器を傾けながらほんの微かに自嘲とも皮肉とも取れない微妙な顔をした。


「長らく山にこもっていれば多少は煮炊きが身につくものだ」


もともと食に興味は薄いがたまには温かい物が食べたくなるからなと彼は言う。お前も今同じ気持ちだろうと珍しく問いかけがあってそれに大きくうなずいた。


「今度作り方を教えてください」
「…機会があればな」


笑顔で言う僕に彼はほんの少し目だけで笑うと明日は一気に森を抜けるから食べたら早く休めと残りのスープを飲み干した。
それに倣い自分も器を傾けたがまた彼のスープを飲む機会が来るだろうか、と思う。
途端に勿体ない気がして最後の一口がなかなか飲み込めなかった。






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