ダンス、その後
【青年期】
少し腰を折って頭をさげる。右手を彼に差し出せば怪訝そうな目線が返ってきた。
「なんだ、いきなり」
「ダンスのお誘いですよ。踊ってください」
ふと思い出しての事だからドレスでもタキシードでもないけれど。ベッドに腰掛け本を読んでいた彼は少し苦笑すると栞を挟む。パタンと小気味いい音と共に本を閉じると恭しい仕草で僕の右手をとった。
「上達したのか?そういえばしばらく見ていないが」
部屋の僅かなスペースで二人向き合う。練習しましたからと彼の手を握ればいいだろうと彼も微笑った。
もちろん音楽などない。だから僕がテンポを刻む。初めて彼にダンスを教えてもらった時は彼の低い声に合わせて振り回されていた体もずいぶんとゆったり踊れるようになった。
「ほう。セシルより上手いな」
女性側のステップをなんなく踏む彼は余裕の表情で僕の踊りを褒めてくれた。あの時より近くなった顔に、たくさん練習しましたからと言えばフッと笑う。
「僕が倒れたの覚えてますか」
「ああ、急に倒れて汗はひどいし顔は赤いし実を言うと少し焦った」
「あれカインさんには貧血か脱水かって誤魔化しましたけど本当はドキドキし過ぎて倒れたんです」
どういうことだと言う風に首をかしげる彼に続ける。
「まだ初心な少年でしたから好きな人が目の前にいて頭がパンクしちゃって。抱きかかえられてるに等しいですし」
グッと回した手に力を込めればカインさんは呆れたように少し笑った。
「そうだったのか?あの時はてっきり病気かと思ったぞ」
「あはは。緊張とドキドキし過ぎが原因ですね」
今はもう倒れたりはしないけれど。それでもドキドキは変わらない。こうもぴったりくっついていると胸の鼓動が伝わってしまうのではないかと心配になるほど。
間近の顔はあの時と同じく涼やかで、僕はこの人に一生ドキドキしているんじゃないかなぁと思う。
「どうした?」
「いえ、カインさん好きだなぁと思って。あれからカインさんをリードできるようになろうって頑張ったんです」
どうですか?とくるりとターンすれば彼は呆れたような顔をする。けれど何も言わず上手くなったぞと褒めてくれた。
「だがまだまだだな。俺の足を踏むようでは」
「えっ」
気を抜いたのがいけなかったか。せっかく格好つけたのにと落ち込めば珍しく彼が声を出して笑った。