春。恒例のアレA
【青年期】
今年も僕にとって辛い季節がやってきた。
「はっくしゅん!」
ズビッ!と垂れる鼻を啜れば隣から無言で鼻紙が差し出された。ありがたく受け取って鼻をかむ。
「…お前は俺の部屋を鼻紙で埋め尽くす気か?」
今日何度目かわからないくしゃみに苦しむ僕を横目にカインさんはそう言うとため息をついた。彼の部屋のゴミ箱からは僕の使った鼻紙が溢れ出て今にも床に落ちそうだ。
「すみません…」
「同情しないわけではないが。俺の部屋にいても症状が改善するわけではないぞ」
ぽとり。と彼の言葉に被るように丸めた鼻紙がひとつ床に落ちた。
くしゃみ、鼻水、鼻づまり。四六時中ムズムズする鼻はもちろん煩わしいがそれ以上に不愉快なのは。
「匂いがわからないんです」
「…なんだ急に」
唐突な僕の言葉に彼は少し眉を寄せる。そのままの意味ですよと笑えば怪訝そうに首を傾げた。
「食べ物の匂いがという事か?」
机に並べられた茶器を見て問うてくるカインさんにただ笑ってぴったりと隣へ座る。さらりと垂れる髪を手に抱き込んで鼻元へ寄せた。
「カインさんの部屋にいれば気合いで治る気がして」
「…気合いでどうこうなるものではなかろう」
「そんな事ないですよ。僕に限っては」
気合いどうこうではなく花粉症と言うのは…と説明を始める彼の言葉を笑って聞き流す。抱き込んだ髪からはいつもの匂いが感じ取れなくて心底花粉症の自分が恨めしく思った。
大好きなカインさんの匂い。それを認識する為に僕の体はフル活動するはずと期待していたのだが。
「やっぱり気合いじゃどうにもならないか」
「…当たり前だ」
ぽつりと呟けば呆れたような声が返ってきた。全く…と苦笑する彼にあははと思わず笑ってしまう。
ぽすんと彼の背中に顔を埋めてまたひとつズビっ!と鼻をすする。顔にサラサラとした感触が気持ちいい。常ならば心地いい匂いが香るであろう距離に、早く花粉の季節よ終われ!と念じずにはいられなかった。