パーティーはうまくいきました




「へぇ。珍しいですね父さんがダンスパーティーを開くなんて」



朝食の席で浮かぬ顔の父親にどうしたのかと問えば黙って何枚かの羊皮紙を差し出された。いい匂いのするそれに目を通せば堅い筆跡の素晴らしく達筆な文字が並ぶ。そこには近々バロンへ伺う事、それに伴い娘アーシュラを連れて行く旨、ひいては男勝りな娘に手を焼いており女子らしくパーティーの場もそつなくこなさせるように慣れさせたい、男勝りな娘の愚痴は読み飛ばすとして…



「年の近いセオドア殿に娘の相手役を頼みたく…是非ともよしなに…ヤン。」
「そうなんだよね。ダンスの相手役をセオドアにって」
「…無理ですよ?踊ったことないのは父さんも知ってますよね」



うん…と困ったように難しい顔で手紙を手に取る父親にうんじゃなくてですねと慌てて腰を浮かせば焼きたてのパンを運んできた母親がくすりと笑った。



「そんなに悩まずとも今から特訓すればいいじゃない?母さんが教えてあげるわ」
「でもローザ、セオドアが僕に似ていたら今からでは間に合わないと思わない?」
「そんなことやってみなければわからないわ。ねぇセオドア」



難しい顔の父親はダンスが苦手なのだ。普段は凛々しく稀代の名君としてバロンに君臨している父親がダンスの場になると子犬のように眉を下げる。自信を持ってと毎回母親に励まされる父親を見ている分いつものように頑張りますと即答する勇気はなかなか出なかった。












「遺伝かしら?」
「…僕からの遺伝だろうね」
「…そんな目で見ないでください」



困ったように苦笑する父親と同じくくすりと可愛らしい仕草で笑う母親を見上げ、肩で息をしながら額に滲む汗を拭う。
朝食の後父母に誘われてホールでダンスのステップを踏んでみたものの結果は散々だった。しこたま踏んだ母親の足は大丈夫だろうか。数が二桁を超えた頃数えるのも謝るのもやめてしまったけれど。



「困ったわねぇ。もうあまり日がないのだけれど」



たっぷりとしたスカートの裾を持ち上げてふわりと回る母親はくるりくるりとステップを踏みながらダンスは嫌い?と笑う。嫌いですと喉元まで出かかった言葉をなんとか飲み込む。



「嫌いとは言いませんけど苦手です。剣術より難しいと思うなぁ」
「セシルも苦手だからやっぱり親子ね。私はダンス、好きよ」
「剣術とは勝手が違うからね。それに華やかなパーティーの場が苦手だから緊張すると余計にね」
「どうしても僕も踊らなきゃ駄目ですか?」
「嫌だろうけど今のうちに身につけておいたほうが後々困らないよ。セオドアもバロンを継ぐ者としてダンスのひとつも出来なきゃ」



気持ちはわかるけどねと肩に置かれた手に思わずため息が漏れた。王子という立場上、剣術、作法、教養全てを疎かにしないよう褒められるよう努力は惜しんでいない。が。僕にも苦手なものはある。
深いため息を聞いて父さんはそんなに落ち込まないでと笑う。そうだ、と何かを思い出したように僕の頭を撫でた。



「僕のダンスの師に話をしておくよ。稽古をつけてくれるように」
「父さんのダンスの師匠?どなたです?」
「それはおいおい。だけどローザのように優しくないからね」



にこりと。少し待っていてと笑うと母親に耳打ちしてホールを出て行ってしまう。



「母さんはその方をご存知ですか?」
「ええ。セシルがあまりにも母さんの足を踏むものだからその人が変わって父さんにダンスを教えたのよ」



ふふっと笑う母親は気にしなくていいのよと続ける。



「その人の方が教え方が上手いのよ。厳しいっていうのもあるけれど」
「…僕大丈夫でしょうか」
「厳しいけれどダンスの腕は確かよ。私は邪魔になるだろうからおやつでも用意しているわね」



頑張ってねとくすりと笑い声を残して母親もホールを出て行く。
意味ありげなその笑いに首をかしげそしてその人はすぐに呼べる人なのだろうかと不思議に思いつつ、その師匠に少しでも笑われぬよう一人ステップを踏み出した。















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