桜。少し切なく。







花散らしの雨が降り続いている。自室の窓から下を見下ろせば淡い桃色の花がぼんやりとした月明かりに照らされて遠目にも美しい。けれどその可憐な花は吹きつける風に煽られてちらほらと空に消えている。せっかく満開なのに惜しいものだと降り続く雨を見上げずにはいられなかった。



「うわぁこれじゃあ桜散ってしまいますね」



ひょっこりと。そんな表現がピタリと当てはまる動作でセオドアが俺の背中越しに外を見る。背後から肩に乗せられた顔を軽く小突けば大袈裟な仕草で痛いですと額を押さえた。



「ノックは聞こえなかったぞ」
「夜ですし勝手に入りました。一緒に寝てもいいですか?」



またかと振り向けばセオドアはニコニコと笑う。いつだかシドがセオドアの部屋を壊してしまった折、二、三日泊めてやった事に味をしめたらしくそれからちょくちょく夜になるとやってくる。最初こそなんだかんだと断っていたが一向にめげる気配の無いセオドアに自分の方が諦めてしまった。



「一人で寝れないと言える歳ではなかろう」
「カインさんと一緒に寝る事に慣れてしまったので独り寝が寂しいんです」
「何を言ってる」



ノックもせずに勝手に入り一緒に寝たいと突拍子も無いお願いをしているにもかかわらず、律儀にベッドの脇で自分の返事を待っているところがセオドアらしいと思う。出会った頃より砕けた雰囲気で最近は軽口も叩くようになったが少年の頃から変わらぬ真面目さと素直さが好ましい。



「寝るのだろ。早く来い」



ベッドに入り隣にスペースを空けてやるとセオドアは嬉しそうに潜り込んできた。もそもそと潜り込むその動きが止まる。



「どうした?」



カインさんと呼ぶその声に振り向けばシーツに落ちたひとつの花びらを指差した。



「ああ。開けっぱなしにしていたから窓から入り込んだか」
「風に舞ってきたんでしょうね」



そっと一枚の花びらを手のひらに乗せると綺麗ですねと笑う。可愛いらしい色の花びらは温和で柔らかい雰囲気のセオドアによく似合った。



「カインさん、桜にも花言葉があることを知っていますか?」
「いや。セオドアが花に詳しいとは初耳だな」
「詳しく無いですよ。カインさんにうんちくを披露しようとさっき調べただけです。あのね、精神の美とか優美な女性って意味だそうですよ」



種類によってまた違うらしいんですけどね、と摘んだ花びらを目の前に掲げるセオドアにさすがに花びらだけでは種類まではわからんなと言えばそうですねと声を出して笑った。



「花びらじゃわかりませんね。でもあとは純潔とか優美とか、山桜はあなたに微笑むって花言葉なんですって。カインさんに言われてみたいですそんな言葉。」
「俺が言うと思うか?」



ちらりとセオドアを見れば言わないと思いますとまた笑う。あまりにきっぱりと言い切るものだから一体自分はどう見られているのかと少し可笑しくなる。思わずフッと笑えば隣からご機嫌な腕が伸びてきた。



「優美とか高尚とか冷静とか調べれば調べるほど桜はカインさんみたいだなぁと思って」
「買いかぶりすぎだ。俺はそんな言葉ひとつも似合わん」
「そんなこと無いですよ。僕はすべてぴったりだと思いましたよ。花言葉だけじゃなく咲いている姿も似てるし。綺麗で」
「男に言う言葉じゃないと思うがな」



自分に抱きつきあははと笑う声を聞きながら淡い色の花びらを手に取る。知らないとは言ったものの昔に見た本の記憶がおぼろげに蘇ってきた。ごまかし・きまぐれ。そんな言葉も桜にはあったはず。



「…そちらなら確かに俺にぴったりなのかもな」
「カインさん?何か言いました?」
「いや。…いい加減寝るぞ」



ぽつりと呟いた言葉はセオドアには届かなかったらしい。ぎゅうぎゅうと腰に回る腕を軽く叩いてベッドに潜る。鳩尾あたりに押し付けられた頭を軽く撫でれば回された腕の力が強くなった。



桜はその可憐な花で何を誤魔化しているのか。
何を誤魔化したいのか。
指から離れた花びらは真っ暗な部屋に消えた。





































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