多分この時から僕は
ざあざあと激しい雨の音がする。テントに叩きつける雨はうるさいくらいなのに二人きりの会話もないこの空間は静かすぎて僕は身の置き場がない。
膝に顎を埋めてちんまりと縮こまる。ちらりと横目で隣を伺えばすぐ側に未だ名前のわからない謎の男の人がひとり。二人が並んで寝ていっぱいくらいのテントなので少し身じろぎすれば肩が触れそうな距離だ。
「…雨止みませんね」
隣の人は剣を抱き込むようにして立て膝で背を荷物に預けている。沈黙が辛くて遠慮がちに話しかけた僕に返事はなかった。置物の様に身じろぎしない彼だが伏せられた目の長い睫毛が時折瞬きをしているので答える必要がないという事だろうか。
基本的に口数の少ない彼は僕が質問をしたとしてもそれがたわいもない事ならば黙殺してしまう事が多かった。太陽のように明るい父母に対して彼は遥かに無愛想で必要最低限の話しかしない。だから未だに僕は彼の事が何一つわからず近づく事すら躊躇うような関係だった。
「…まだ日は高いですよね。雨でも動いておいた方がいいのでは…」
「これほど降られてしまうと視界が悪い。俺一人ならいざ知らず、お前がいるならおとなしく休んでいた方がいい」
「…すみません」
視線すら寄こさず淡々と言う彼に、足を引っ張っている自覚があるので小さく謝ってまた縮こまる。基本的に彼は僕が遅れようが戦闘で魔物に吹っ飛ばされようが無関心な様だったが本当に危ない時は必ず助けてくれた。
小雨程度なら道を急ぐが土砂降りの今無理をしたら確実に僕は体調を崩すだろう。熱でも出したらそれこそ彼の足を引っ張ってしまう。彼もそう思うからこそ早々にテントを張ったに違いない。
外は土砂降りの雨。隣の人は基本的に口を開かない。やることもなく手持ち無沙汰で膝に顎を埋める。早く雨よ上がれと思わずにはいられなかった。
ーーーーーーーーーーーーーー
「ん…」
とろとろと。気持ちのいい微睡みから意識が少し覚醒した。寝ちゃったか…とぼんやりとした頭で思いつつもう一度眠りの中へと落ちそうになる。未だテントに叩きつける雨音が耳に心地よく頬に伝わる温かさが気持ちいい。
そう、頬に伝わる体温が。
あったかい、とぼんやり目を開けば視界に大人の素肌の腕。青い服。寄りかかった頭はちょうど腕の筋肉に支えられて…
「…すみません…!」
下から順に目で辿り見上げた目と目が合って数秒。ようやく自分が何に寄りかかっていたかを理解して慌てて距離をとる。ほとんど飛び退るように離れれば彼は一言、うるさいと言って目を閉じた。
「すみません…。あの、すみません、腕、頭…」
寄りかかっちゃって、としどろもどろに謝れば彼がちらりと僕を見た。またうるさいと言われるだろうかと慌てて口を噤む。しばらく無表情で僕を見ていた彼が小さく息で笑った。
「…よく寝ていた」
フッと一瞬口の端を上げると立てていた膝を崩して胡座をかく。腕を揉む仕草に僕は一体どれほどの時間彼の腕を枕にしていたのだろうと背中に冷や汗が流れる思いだった。
気まずい。
もう一度謝っておこうかとちらちらと見上げる僕にさして興味なさそうに彼はまた目を閉じる。雨音に混じって消えそうなほど小さく、たまにはいいかもしれんなと低い声が聞こえた。
「え?」
「人の体温をこんなに近くに感じたのは久しぶりだ。…たまの温かさも悪くない」
頬にはまだ彼の温かさと感触が残っている。無口だし無表情だし時折怖いこの人だが黙って腕を貸してくれたあたり、ふとした時に優しい。
「雨が上がったら発つ」
いつも通り淡々と言う彼にわかりましたと返事を返す。そう簡単に距離は縮まらないかと少しだけ口惜しくなりつつ僕が思っていたよりもずっと温かな腕にもっと彼の事を知りたいなぁとその時初めて思った。