手を伸ばせば届くのに





カインさんが鍛錬している姿を見るのは実は初めてだったりする。相対して剣や槍を振るうことは毎日の日課だったし部隊長である彼は僕たち部下に稽古をつけてくれることも多い。最近こそ一本は取れるようになったがカインさんの息ひとつ乱すことない涼しげな態度に手加減されている事は明白だった。息も切れ切れに汗を流す僕に対して汗すら滲まない彼はあまりにも遠い。



石造りの中庭に一人、ただ無心に槍を振るう彼を伺う。



払暁の頃に目覚めた僕は二度寝するのはもったい無い気がして王宮を散歩していた。まだ冷たい空気はとても澄んでいてたまに早起きするのも悪く無いなぁと思う。もう少しすれば朝日が見れるだろうかとテラスへ向かうため中庭を横切ろうとした時だった。まだ薄く青が覆う視界に浮かぶ金の髪。舞うように愛用の槍を振るうカインさんを見つけた。
そおっと気づかれぬよう柱の陰から見つめる彼はいつもの涼しい顔とは反対に額には大粒の汗を浮かべその呼吸もいつになく乱れていた。フッ、フッと短い呼吸に合わせて槍が動く。



「すごい…」



突く。そのシンプルな動作をいかほど繰り返せばああなるのか。それは多分僕からしたら気が遠くなるほど長い時間。



「盗み見はよくないよ」



一心に型を繰り返す彼をじっと見つめていた僕に高い声がかけられた。慌てて振り向けば少し可笑しそうな僕の父さん。



「父さん…盗み見ていたわけでは…声をかけるタイミングがなかっただけで」



言い訳すればにこりと父さんは微笑う。僕の肩に後ろから手を置くと同じように柱の陰に身を隠した。



「ああ、よくないとは言えこれは確かに見たくなるね。カインの鍛錬する姿、いつぶりに見るのかな」
「父さんもあまり見たことないの?」
「カインは昔から隠れて鍛錬するからね。そして僕はいつの間にこんなに強くなったんだって毎回驚くんだ」



頭上の父さんの顔を仰ぎ見れば懐かしそうに嬉しそうにカインさんを見つめている。早起きも悪く無いねと微笑う父に少し可笑しくなってしまう。




「父さんとカインさんはどちらが強いんですか?」
「どっちだろうね。手合わせでは互角だけれど…。でもね、カインは長物を使うだろう。小さい時はあの間合いが計りにくくてよく負けていたな。」
「僕は未だにカインさんから本当の一本は取れません。手加減されてる」



突きの型を終えたのかジャンプの予備動作を繰り返すカインさんを見つめる。あとどのくらい鍛錬すれば彼に追いつけるのだろうか。そんな僕の思考に気づいてか父さんは少し苦笑する。



「生きている年数も経験も違うからそれは仕方ないね。でもセオドアが歳を取るだけ僕たちも歳をとる。セオドアはこれから伸びていく一方だけど僕たちは衰えていく一方だからね。いつかは勝てる日が来るよ」
「…想像出来ないや。」



頭を撫でる父さんと憧れであるカインさんの立つ場所は果てしなく遠い気がする。世界を救った英雄だと世界に名を轟かせているだけでなく彼らはその強さでも名が知れている。
黙り込む僕の顔を覗き込むと父さんは励ますように肩を叩いた。



「焦らない事だよセオドア。大丈夫、確実に力をつけているから」



そう言ってまたにこりと微笑むと邪魔してはいけないよと父さんは踵を返した。また朝食の時にねと立ち去る背中を見送ってまたカインさんに向き直る。幾度目かのジャンプの予備動作。槍を短く持ち直し腰を低く落とす。グッと下半身に力が篭る。先ほどまではそこで構えを解いた彼だが一瞬ののちに僕の視界から消えた。



高く、高く。
気づいた時には首を思い切りそらさないと見えぬほど彼は遥か上空にいた。青い空にきらりと光る金の色。
頂点まで達するとくるりと一回転してそのまま僕の間近に降り立つ。体重を感じさせないほど軽やかに着地すると一言、気づいていたぞと軽く笑った。
首から胸元へ汗が流れる。いつもは優雅に風に靡く髪は額に首筋にべったりと張り付いていた。



「隠れていたつもりなら不合格だぞ。気配が漏れすぎている。…その点セシルは流石だな、集中せねばわからん」
「邪魔してはいけないかと思いまして…」



城壁に寄りかかり汗を拭うカインさんは邪魔ではないが気にはなるとまた微笑った。



「ずっと見られているのは居心地の良いものではないな」
「ごめんなさい。…いつもここで鍛錬を?」



聞けば短く、ああと返事があった。それきり無言で張り付く髪をかきあげて服の袖で無造作に汗を拭く彼に逡巡しつつも声をかける。



「…明日から僕も一緒に鍛錬してもいいですか?」



おずおずと質問すれば彼はちらりと僕を見る。



「毎朝の朝稽古があるだろう。お前にはまだあれで十分だ」
「…そこまで僕は未熟ですか?」
「そうではない。まだ成長期のお前には無理は禁物だ。過剰な鍛錬は力をつけるどころか身体を壊すぞ」



焦らない事だなと父親と同じ事を言う彼に歯痒くなる。いつだかピクニックに出かけて魔物に彼と対峙した折、いつかはカインさんに守られるのではなく守れるようになると決意した。だがその彼はあまりにも遠い。この差は歳を重ねれば埋まるのだろうか。



「焦っちゃ駄目ですよね…」



逸る気持ちとは裏腹に身体はなかなか成長しない。鍛えても未だ子供の線が消えない身体を見下ろせば視線の先に彼の逞しい下半身が見えた。



「…夜明け前はここにいる」



ぽつりと静かに呟く声に目線を上げれば彼は軽く僕の頭を叩く。



「気が向いたら見に来ればいい。なにも剣を振る事だけが鍛錬ではない。」



見本になるかはわからんが。と二、三度頭を叩くと彼は槍を示す。見に来てもいいんですかと問えば盗み見は嫌だがなと薄く笑った。



「見て盗めるところは盗め。少しはお前の役に立つだろう」



そう言って立ち去る背中に貴方はこれ以上ない程の見本ですと心の中で呟く。明日も早起きしなければとぼうっと遠ざかる背中を見つめる。



「まだまだカインさんは遠いや…」



ゆらゆらと左右に揺れながら遠ざかる金の姿に呟いた言葉は白んできた空に溶けた。
















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