それは嫉妬。





カインさんの自室を訪ねるのはもはや日課になっている。ノックもそこそこに扉を開けば部屋の主は留守だった。休日である今日、部屋にいなければ大抵は中庭でくつろいでいるから…と中庭に向かえばいつものベンチに彼の姿。だが今日は一人ではなかった。金色がふたつ。二人並んでいると色の違いがよくわかる。一方は白を混ぜたような柔らかなプラチナブロンド、もう一方は黄色味の強い輝くような金の髪。



「母さん?」



座るカインさんの後ろに立つ母さんは櫛を片手にその長い髪を丁寧に梳かす。何やら笑いながら話しかけていてされるがままのカインさんもそれに相打ちを打って軽く笑った。



ただの幼馴染ならいざ知らず、母さんはかつてカインさんの想い人だったと聞く。もうそういった感情はないとカインさんは言っていたけれどモヤモヤとした感情は抑えきれなかった。



「二人で何をしているんですか?」



堪らず声をかける。たまたま通りがかった風を装って精一杯自然な笑顔で問いかけた。



「あら、セオドア。カインの髪を結っていたところよ。」



にこりと笑って再び手を動かす母親にそれは見ればわかりますと内心もどかしく思う。どうしてかその理由が聞きたかったのだけれど。そんな僕に気づいてか、カインさんがちらりと視線を寄越した。



「賭けに負けたんだ」
「賭け?」



どういう事だろうと首をかしげれば彼はバツが悪そうに視線をあらぬ方へむけた。そのまま黙り込むカインさんに代わって母親が笑う。



「朝食の時にね、あなたよりカインが先に来たからちょっとした賭けをしたのよ。あなたがミルクとコーヒーどちらを飲むかって」



くすくすと笑う母さんはちょっと悪戯な顔でカインさんを見る。



「私はコーヒーに賭けたの。あなた最近好きでしょう?カインはね、」
「ローザ」
「カインはミルクに賭けたのよ。まだお子様だから甘いミルクを取るだろうって」



賭けは私が買ったから髪を結わせて貰っているのと可笑しそうに笑う母さんに対してカインさんは憮然とした顔をする。母さんの話を遮ったあたり僕に対して気まずかったらしいけど勝手に賭けの対象にされていたあげくお子様と言われるのは面白くない。



「甘いミルクよりコーヒーを飲みますよ。僕はもうそんなに幼くないです」



自然とブスッとした声になる僕を横目で見て彼は小さくすまんと呟いた。そんなやり取りを見て母さんは再び笑う。



「セオドアはもう子供じゃないわよカイン?」



するりとこぼれる髪の手触りを楽しむ母さんに、おそらくは父にも気安く触らせないであろうカインさんを思うとまたもやもやとする。
指から逃げる髪をまとめながらそう言って笑う母さんにカインさんは僕を見る。そうだなと呟いた。



「もう子供じゃない。…だが大人でもない」



じっと母さんの手とそれをするりと通る髪を見つめていた僕ははっと彼を見る。まっすぐ僕を見つめる目と目が合った。



「そうね、まだ成人まではしばらくあるわ。」



さあ出来たわと髪をひと撫でする母さんに僕から視線を切って彼は母さんに視線を移す。



「気が済んだか?」
「えぇ。一度カインの髪を結ってみたかったの」




満足だわと道具をまとめて母さんは微笑む。僕に一瞬目配せすると足取り軽く王宮へと戻っていった。



「…そんなに怒るなセオドア」



自然と口をへの字に、じっと結われた髪を見ていたらカインさんは少し苦笑した。勝手に賭けの対象にして悪かったなと再び謝られたがそれは別段気にならない。けど。




「僕、そんなに子供っぽいですか?」



彼がどのあたりをお子様だと言ったのか気になる。身長も伸びたし声変わりも済んだ。体だってがっしりとしてきたのに。隣に腰掛け憮然と前を見つめれば隣から伸びた手が軽く僕の頭を叩く。



「身体的には成長したがな。」
「中身は子供のままだと?」
「拗ねるな。そうは言っていない。わからなければいい」



何かを含んだような言い方に首を傾げれば彼は少し笑った。未だ母に対するもやもやした気持ちが心を覆っていて彼の結われた髪を見るともやもやを通り越して苛々する。



「髪、僕以外が触るの嫌です」



苛立ち紛れに呟けば彼はただ笑って僕の頭を撫でた。

涼しげなその顔がなんとなく面白くなくて頭に揺れる可愛らしい白のリボンの存在は教えない事にした。













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