いつかは貴方からも。A
「カインさーん、どこです?」
薪を拾いに来たならそう離れてはいないはず。森の中で目立つはずの金の色を探して歩く。歩く道すがら仲の良い父母の事を想った。あの二人が喧嘩をしているところを僕は見たことがない。いつも父は母の事を大事に想い慈しんでいる。母もそんな父をとても愛している。太陽のような二人の暖かさが僕はとても好きで、将来好いた人ができたならあんな風になりたいと思う。そしてそれがカインさんであったなら。
「幸せだろうなぁ…」
思わず上がる口角を抑えるのが難しい。誰もいないのをいい事にニヤついた顔のまま進んでいた足は一瞬の音に止まる。耳をすませて気配を探ればそう遠くない森の中から魔物の声が響いた。そしてそれに被る鋭い金属の音。
「カインさん!」
素早く腰の剣を抜いて走り寄る。草をかき分け走る僕の目に空高く飛び上がる彼が見えた。
その場に着いたその瞬間、相対する魔物の脳天に彼が一直線に降下してきた。槍に全体重をかけ、その高度と重力により相当な力になっているはずのジャンプ。だが魔物の触手に阻まれて脳天ギリギリで槍が押し留められる。貫こうとする力と阻もうとする力がせめぎ合い雷の様な鋭い光を放った。
助太刀を、と腰の剣を構え相手の懐に入ろうと駈け出す。懐にさえ入れればあの大きな魔物とて手傷ぐらいは負わせられるだろう。
「カインさん!」
「寄るなセオドア!」
駆け出した刹那、カインさんから鋭い制止の声が入った。ほとんど怒号に近いその声に思わず足が止まる。なぜ、と彼を見ればカインさんは舌打ちをして魔物から距離を取った。
「思ったよりも手強い。お前は手を出すな。…悪いがセシルを呼んできてくれ」
視線は魔物に注がれたまま、彼が第二撃の為に腰を落とす。槍を短い間合いに持ち替えたからまたジャンプで相手の急所を狙うのだろう。
「…僕が相手の触手を引きつけます。カインさんはその隙により高いジャンプを。」
「おい!」
セオドア!との呼びかけを無視して相手に駈け出す。すぐさま僕を止めようと伸ばされた触手を力任せに薙ぎはらった。カインさんが言う様にこの魔物の力は強かった。しかもそれなりに知能が高いらしく攻撃も複雑で周りを見る余裕がない。カインさんが飛んだのかそれすらも確かめる事が出来なかったが今は向かってくる触手を躱してて切る。それだけで精一杯だ。
無心に相手の攻撃を防いでいたその時ふと昔に彼と交わした言葉が思い出された。
『いいか。ジャンプは本来信頼できる仲間がいる時にだけ有効な技だ。』
『なぜです?』
『一人だと敵に躱されやすい。破壊力はあるが直線的で読みやすい技だからな』
『仲間の役割はなんですか?』
『敵が動かぬ様相手の注意を引く。相手が俺の存在に気付かぬ様に上手く戦ってくれて初めて俺の技が活きる』
『なるほど…一撃必殺の大技ですね!』
『…そんなたいしたものではないがな』
「相手の注意を引く…敵を動かさない…」
左右にゆらゆらと揺れる巨体にこれしかない、とまたしても向かってきた触手を躱す。今度は切らずに左手に巻きつけた。そのまま巻き取られるに身をまかせる。抱き込む様にして僕を捕まえた魔物は大きく禍々しい口を開けた。食べられてしまう、と他の誰かが見ていたら思ったかもしれない。だけど僕は確信があった。カインさんは必ず助けてくれると。
覚悟を決めて目を瞑った刹那魔物の悲鳴と共に触手が解ける。再び走った閃光と地面を割るほどの衝撃。気がついた時には逞しい腕に抱きかかえられて僕を捕まえていた魔物は跡形もなく消え去っていた。
「…なぜこんな危険な真似をしたセオドア」
柳眉を顰めて怒る彼にごめんなさいと謝ってからでもカインさんこそどうしてと問い返す。
「どうして父さんを呼んでこいって言ったんですか」
同じ様に眉を寄せて問い返せば僅かな間の後少し落ち着いた声で答えが返ってきた。
「あの魔物は強かった。お前ではまだ倒せんと踏んだ。だから腕の立つセシルを呼んだ。それだけだ」
「…確かに父さんと僕ならまだまだ父さんの方が強いです。カインさんとの連携も父さんの方がいいかもしれません。だけど」
ぎゅっと拳を握ってカインさんを見上げる。未だ険しい顔の彼に一歩近づいて剣を掲げた。
「僕はカインさんの弟子です。部下です。だからいつも導いて指導してもらってますが、でも時にはカインさんの力に、助けになりたいです!」
「…セオドア」
「力の足りない僕が今はなんの足しにもならない事はわかってます。でも鍛錬していつかカインさんが頼れる様な強い戦士になります」
だからいつかは父さんではなく僕を頼ってくださいと一息に言って俯く。しばらくの静寂の後、すまんと言って頭に手が置かれた。
「俺はお前を侮っていたわけではない。ただ怪我をさせたくなかった。だがお前を傷つけた事は謝る。」
軽く頭を叩く手にじんわりと目が潤む。気付かれない様パチパチと瞬きを繰り返した。
「さっきは怒ってすまなかったな。お前の助けがあったから敵を倒せたのに」
「…思い出したんです。カインさんに言われたこと。」
「…何をだ」
未だ頭を労わるように叩く手をそっと握る。紫の色が彩る手は意外にも暖かい。
「信頼できる仲間がいないとジャンプは活きないって。…だけど仲間の方もカインさんを信頼していないと敵を引きつけるなんて危ない行為出来ません」
「…ああ」
「僕はカインさんを信じていました。そして信頼しています」
ぎゅっと手を握れば少し驚いたような顔をしたカインさんはフッと笑って僕の手を握り返してくれた。
遠くから父母の僕たちを探す声がする。ずいぶんと長い薪拾いになってしまったと二人で笑いあって踵を返す。大きな背中を追いかけながらいつかは…と強く拳を握った。