やっぱりまだ子供
大きな爆発音と共に部屋の半分が吹き飛んだ。いきなり見晴らしが良くなった景色に呆然としてしまう。
「えぇ!?」
状況が飲み込めずポカンとする僕の耳に半分壊れたドアから豪快な笑い声が聞こえた。
「すまんな、セオドア!新しい飛空艇を作っていたんだが爆発してしまっての」
怪我がなくてなによりと申し訳なさそうに入ってきたのはバロンの飛空艇技師のシドだ。父や母、カインさんも全幅の信頼を置くバロン一の技師なのだが。
「実験に失敗はつきものじゃ!…だがお前の部屋を壊してしまったのはすまんかった」
「いえ…はい、気にせずに…」
どうやら新しい飛空艇の開発中に失敗したらしい。未だ飲み込めない状況ながら頷けば彼は安心しろ、完璧に直すからな!と言い残して去って行ってしまう。気持ちいいほど風が吹き抜けていく部屋にこれからどうしようとまた呆然としてしまった。
「という訳でしばらく泊めてください」
寝具は持ってきました!と枕を掲げれば寝るところだったのだろうかラフな服装をした彼は呆れたような顔をした。
「セシルとローザの部屋でいいだろう。俺の部屋のベッドは一人用だ」
「両親のベッドだって二人用ですよ。邪魔にならないようにしますから」
シングルベッドに潜り込んでどう邪魔にならないようにするのかとは思うがカインさんと寝たいんですと素直に言えば一瞬の間の後部屋に招き入れてくれた。訳を聞かれて昼間の出来事を事細かに話せば彼はますます呆れたような顔をする。シドも相変わらずだなとため息をついた。
「しばらくとはいつまでだ」
「けっこう壊れてしまったので少しかかるかもしれません。僕もわからないんですけど…」
スタスタとベッドに戻る彼についていく。カインさんは何も言わなかったけど少しのスペースを空けてくれたので僕も黙って布団に潜り込んだ。
寝るぞと彼は暖炉の火を消す。壁際に横になると僕に背を向けて布団を被った。視界が無いと他の感覚が鋭くなる。被った布団から肌に当たるシーツからカインさんの匂いがして静かな呼吸に僕の胸はドキドキと大きな脈を打った。
しばらくして目が暗闇に慣れるとぼんやりと背を向けた彼の姿が浮かび上がる。解いた髪が僕の方へ波打っていて一房が綺麗な線のうなじにかかっていた。無意識に手がうなじへと伸びる。髪に指先が触れる刹那、背中越しに低い声が響いた。
「…言っておくが」
絶妙なタイミングに思わずびくりと震えてしまう。
「何かしたら泊めんぞ」
お見通しという風な彼に少し悔しくなって何かしたらって何をです?と問えばそれに対しての答えはなかった。
「触ってはいけないんですか?恋人なのに?」
黙っているカインさんの背にぴったりとくっつく。薄い腹に腕を回して自分の方へ引き寄せた。こんなにも大胆になれるのは暗闇だからだろうか。カインさんの匂いが充満しているこの環境のせいだろうか。
何も言わない彼をいい事に服の上から感触を楽しむ。引き寄せた腹は服の上からでも筋肉がはっきりとわかって硬い。けど僕とは違い細い腰に日頃の節制ぶりが伺えた。
「カインさん」
ぎゅうと抱きしめれば骨や筋肉が当たって男の人だなぁと改めて思う。抱き寄せた体に僕の体が当たっていておそらくは彼も気づいているだろうけれど気にせずくっつく。だいぶ前からゴリゴリと当たっているから今さら誤魔化しても仕方ない。先日までは恥ずかしいから気づかれぬよう隠していたけれどどうでもよくなってしまった。こんな近い接触に耐えれるはずはない。
荒くなる息を必死に整えつつ彼の薄い夜着に手を差し込む。素肌の腹に僅かに指が触れた。
「セオドア。」
「うわっ…」
指が触れた瞬間。それまでなすがままにされていた彼が僕の腕を掴んだ。そのまま驚くほど素早い身のこなしで僕をベッドに押し付ける。僕の上に馬乗りになったカインさんはグッと僕の腕をベッドへ押し付けた。
「何かしたら泊めんと言ったはずだ。」
下されたままの長い髪が僕の顔に降り注いで金のカーテンのように頬を擽る。普段のままの冷静な顔に急に羞恥心が舞い戻ってきて逃げようとした体はだけどしっかりと縫いとめられた腕に動くことはできなかった。
「ご…めんなさい…カインさん」
「気持ちはわからんでもないが。お前にはまだ早い」
動けず視線もそらせないまま謝れば彼はフッと軽く笑う。まだ早いと言って僕を拘束した腕を解いた。
「寝るぞ」
僕の上から退いてまた布団の中へ潜り込む。その背中を複雑な気持ちで見つめれば彼がちらりと振り返った。そのまま僕の腕を掴むと自分の方へ引き寄せる。一瞬僕の頬を撫でると軽く口づけてくれた。
「今はこれで我慢しろ」
口の端で僅かに笑うと今度こそ布団に潜り込む。お前も早く寝ろと言って寝息を立て始める彼に僕はしばらく瞬きさえできなかった。