大人の階段B
セオドア、と紫の唇が僕の名前を呼ぶ。紫が彩った指が伸びる。鎧を脱ぎ捨て薄手の服一枚の彼が僕を抱きしめてくれた。胸いっぱいに彼の匂いが広がってうっとりしつつ普段よりも積極的な彼にどうしたんですか?珍しいですねと問えばいつも通りの綺麗な微笑が返ってきた。そのまま顔が近づいてきて思わずカインさんと名を呼んだ刹那、見覚えのある天井が見えた。
「…夢か…」
夢と気づき呆然としつつどうにか続きが見れないものかと目を閉じる。もう少しで彼に口づけて貰えたのに。僅かに悔しさを感じたがなんていい夢なんだろうとうっとりと余韻に浸る。だが身じろぎした時に下半身に纏わりつく不快感に気づいた。
「…またこれ…僕おかしいのかな」
慌てて身を起こして服を脱げば肌着にべったりと淫夢の証。このところ多発しているこれに僕は悩んでいた。身長が伸びて体つきが変わり声も父親より低く彼よりは高いくらいに落ち着いた。体の変化が安定したあたりから朝は不快感か、小さな頃に覚えがあるおねしょをしてしまった時の焦りのような感覚で目がさめる事が増えた。そして確認すれば男の証であるこの汚れ。母や使用人に気付かれぬよう秘密裏に処理する煩わしさもあるがそれ以上に自分の男としての欲が強くなったとありありと感じて嫌になる。
「しかもカインさんの夢を見てなんて。」
以前は隣に座る、手を握る、後ろを歩く。それだけで幸せだった。だが彼が好きだと自覚してからはもっと触れてみたい、抱き合いたい、キスしたいと思うようになった。
そして。告白して晴れて恋人同士となった今、それだけでは物足りなく感じている自分がいる。もっと彼のその薄い身体に触れてみたい。父も母も誰も触れた事がないであろう服の下の身体に。
「…早く片付けないと稽古に遅れちゃうな。」
悶々としてしまう頭を振ってとにかく汚れを落とそうと着替えと肌着を抱え込んだ。
朝の稽古が終われば連れ立って隊務に向かうのが常だったが今日はカインさんの自室へと向かった。
体を動かすだけが仕事ではない。まだ立場がない僕だから書類仕事は全くないがいずれ隊を率いるものとして勉強しておくに越したことはないとそうカインさんに言われたからだ。
「俺の顔に何かついているのかセオドア」
机に向き合ってカインさんに指導してもらってどれほど経ったか。
少しでも気を抜くと悶々としてしまう思考は自制できてもカインさんの顔を見つめてしまうのは我慢出来なかった。隙があればちらちらと彼の顔を盗み見ていたけれどどうやらカインさんには僕程度のごまかしは効かないらしい。
「そう何度も顔を見られると落ち着かないんだがな」
「すみません。つい」
自分に苦笑しながら謝ればまあいいが…と彼も少し苦笑した。
「休憩するか?机仕事はあまり根を詰めても捗るものではないからな」
「適度に頭を休めるのがいいって父も言ってましたね。まあ父は単に書類仕事が苦手なだけですけど」
「よくわかっているじゃないか」
フッと彼独特の笑い声を残して席を立つ彼を笑って目で追う。彼は自室に備え付けられた小さなキッチンに立つと紅茶でも入れるのだろうか湯を沸かし始めた。小さく食器の音を立てながらミルクや砂糖を用意する後ろ姿を遠慮なく眺める。
書類仕事だから鎧は身につけず細身のズボンに楽に過ごせるよう薄手の生地の服。身体にぴったりとしたその服は彼の緩やかな腰のくびれを強く強調している。薄く浮き出た肩甲骨と肩の筋肉がいいようのない色気を出していてそれにかかる金髪の髪がサラサラと揺れるたび僕の最近姿を現してきた雄の部分が刺激されるのがわかった。
「危ないぞセオドア。あまり強く抱きつくな」
思わず席を立って彼の背中に抱きつけば僅かに制止された。素直に回した腕の力を緩めれば彼はまた紅茶を作る作業に戻る。ゆっくりと葉を煮出している彼をいいことに背中にぴったりとくっついた。
「まだカインさんの方が背が高いですね。今は僕の頭がやっとカインさんの肩を超すかってところです」
「それでも充分背が高いじゃないか。それにお前は成長期だからまだまだ伸びるぞ」
少しだけ踵を浮かせれば鼻先に彼の首すじが当たる。気づかれない程度に匂いを嗅げば僕の好きな匂いが胸に広がって朝と同じようにうっとりしてしまう。と同時にまずい場所に熱が集まるのも感じた。慌てて腰を引いて距離をとる。なんとなく彼に自分の雄を気づかれてしまうのが恥ずかしい気がした。
「出来たぞセオドア。いい香りだろう」
「本当だ、落ち着くいい匂いですね。」
新しい葉を買ったんだと優美な仕草で香りを嗅ぐ彼に慌てて貼り付けた笑顔で言葉を返す。確かにいい匂いだったが今だけは彼の香りを掻き消してしまうその強い匂いが煩わしく思えた。