バレンタイン



見知った金の髪と対峙しているのは栗色の髪の女性だった。小さく華奢なその手には可愛らしい小さな箱。頬を染めて箱を差し出しているその光景は疑いようもなくバレンタインのチョコレートを渡しているのだろう。



「カイン様、受け取ってください!」



緊張した声と共に突き出された手。カインさんはモテるのだ。本人は年増だなんだと卑下するが見た目も麗しく地位もある。むしろ30も半ばになって大人の色気が増したと女性陣が囁き合っているのを僕は知っている。可愛らしい人に先を越されたなと少し離れた物陰から二人を見つめる。少しの間の後彼が何事か返していたが声が低く聞き取りにくい。だが突き出された彼女の手をほんの少しだけ押し返すような仕草に悪いが受け取れんとか言っているのは想像出来た。













「あれ、飛竜。どうしたの?カインさんに呼ばれたの?」



なんとなく空を見たくて王宮の一番高い塔の屋根に上がったところ思わぬ先客がいた。寝ていたらしい彼はちらりと横目で僕を見ると答えてくれたのか長い尻尾を一振りした。
隣に座って以前より慣れた飛竜の首を撫でて顔を硬い鱗に擦り付ける。猫のようにグルグルと喉を鳴らして撫でられていた飛竜は甘い匂いに気づいたのか僕の胸ポケットから覗くリボンを歯にかけて引っ張る。ぽとりとあぐらをかく僕の膝に小さな包みが落ちた。



「食べたいのかい?本当はカインさんにあげようと思っていたんだけれど」



フンフンと鼻を鳴らして匂いを嗅ぐ飛竜に笑って包みを解く。明るい色の包み紙を広げれば月の形に型抜きしたクッキーが現れた。甘いものが得意ではなさそうな彼を思って砂糖を控えてココアで味付けしたそれはほのかな苦みとくどくない甘みで我ながらなかなかな出来上がりになったと思う。母や料理人に気づかれないよう皆が寝静まった深夜にこっそり焼いたこれはバレンタインの贈り物としてカインさんに渡そうと作ったものだ。



「お食べ。大丈夫、美味しくできたよ」



三日月型のクッキーをつまんで差し出せば飛竜は鼻先を近づける。いつもなら何かあげれば即座に食いつく飛竜はじっと僕の目を見つめてきた。差し出したクッキーと僕とを見比べて喉を鳴らす仕草に食べてしまっていいのかと言っているような気がして思わず笑ってしまう。



「いいんだ。バレンタインは女の子がチョコレートを渡す日だもの。僕が持っていたってしょうがないんだよ」



カインさんに渡そうと作ったクッキー。うきうきと浮かれて作ったものの先ほどの光景に渡す気力は削がれてしまった。似合っていたのだ。とても。
彼女が去ってから僕もこれを渡しに行こうと物陰から二人を見つめるうちに気づいてしまった。大小の背、硬い体に柔らかな体。男女が寄り添うその景色はとても自然だった。彼女ではなく僕が隣に立つことに違和感を感じる程に。要するに僕は自信がないのだ。柔らかで可愛らしく愛らしい女性に対して僕は男でなに一つ女性に敵うものはない。その分強くなってそれこそ彼を守れるくらいに強くなって他の人が入り込む余地を無くしてしまおうと思うものの力と自信はすぐに身につくものではなかった。



「だからいいんだ。…お食べ」



じっと僕の話を聞いていた飛竜は静かに口を開けた。お前は賢いねと褒めつつその口の中にクッキーを放り込もうとした刹那後ろからガッチリと腕を掴まれる。突然の事に跳ねる肩にさらりと金の髪が落ちてきた。



「…カインさん」
「聞いていたぞ。なぜ俺にそれを渡さん」



答えにくくて黙って後ろを振り向けば少し眉を寄せた彼がいた。危うく飛竜に食われてしまうところだと僕の手からクッキーと包みを取り上げる。



「余計な事を考えすぎなんだお前は。お前は昔から人に気を使って自分の気持ちを押し込めてしまう節がある。もっと傲慢になっていいと思うがな」



そう言って彼は包みを持って隣に座る。寄越せと首で彼を押す飛竜に、悪いがと彼は包みを背に隠した。



「これはセオドアが俺にくれたものだぞ飛竜よ」
「…まだあげていませんよ」
「話は聞いていたと言ったろう。俺にあげようと思っていたと聞いた気がするが」



ガラス玉のような大きな目と菫色の目に見つめられて観念すれば二人とも口の端で小さく笑った。…飛竜に関してはそんな気がするだけだけれども。



「バレンタインの贈り物です。受け取ってくれますか」
「恋人からの贈り物を受け取らないと思うのか?」



有難く貰うさと背に隠した包みを押し抱く彼に一人であれこれ仄暗い思考をしてしまった事が恥ずかしく思えた。彼は僕を信用してくれているのに告白した僕の方が彼を信用しきれていなかった。心のどこかで彼は優しさから僕に付き合ってくれている、僕がこの関係に飽きるまでの付き合いだと彼は思っているから彼からは気持ちを感じないのだとそう思っていた。



「ごめんなさいカインさん」
「…何がだ」



隣に座る彼の肩に頭を預けて腰を抱けば細い指が僕の頭を撫でてくれた。



「いえ、クッキー美味しくできたかなって思って」
「食べる前に謝れたら怖いんだがな。飛竜に食べさせてみるか」
「…カインさん、飛竜怒ってますよ」



カインさんの軽口に飛竜が盛大に喉を鳴らして思わず笑いあう。ひとつクッキーをつまんで飛竜に差し出せば不審そうな目つきで咥えポリポリとかじる。彼がクッキーを食しているその隙に隣のカインさんに口づけた。



「好きですカインさん。」



微笑んでくれた彼にもう一度顔を近づける。二度目の口づけは割り込んできた鱗に邪魔されてしまったけれど。
























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