告白。そして
町外れの魔物の討伐にカインさんと出向いたのは一週間ほど前の事。そこで僕はキスがしたいととんでもない事を口走ってしまった。ずっと悶々と頭の中を巡っていたとはいえ咄嗟にそんな事を口走ってしまったのは失態以外の何物でもない。
「でもカインさん…」
驚いた顔は気づいた時には目の前にあった。あれはどういう意味なのだろう。大人にはキスぐらい頼まれれば出来るほど大した事ではないのだろうか。
あれ以来まともに顔を合わせられないでいる。
「ちゃんと言わなきゃ…」
貴方が好きですと。キスがしたいよりまず先にそれを言わなきゃと彼を探しに走った。
いつかの中庭にあの時と同じくゆったりと座る彼を見つけた。よりによってここかと声をかけるのを躊躇ったが僕より先に金の髪が振り返った。
「セオドアか。どうした、お前も昼寝か」
今日は天気がいいとかここは昼寝にちょうどいいとか珍しく言葉数の多い彼に曖昧に頷く。隣に座るかと席を空ける彼に断って座るカインさんの真後ろに立った。彼の顔を見るのが少し怖かった。
「先日の事…ごめんなさい変な事言って」
「…いや。」
「あの…また変な事言います。怒らないで聞いてくれたら嬉しいです。」
「貴方が好きです」
座る彼の顔は見えない。見えないのに強く目をつぶった。しばらくはさらさらと風の吹く音だけが響いて心地いいはずのその静寂が怖かった。
いつだか…と風に吹き消されてしまいそうなほど小さな呟きが聞こえた。
「いつだかここで俺に口付けただろ」
驚いて、起きてたんですかと問えば彼はすまんとほんの少し微笑った。
「からかってやろうと思って狸寝入りしてたんだが。それはまぁ置いといてあの時にもしやとは思っていた」
まさか本気だとは思わんかったがなとフッと笑う声になんとなく目をそらす。身の置き所がない僕には構わずカインさんは隣に座れよとベンチを叩いた。
「お前も知っての通りな、俺はローザが好きだった」
促されるままおとなしくカインさんの隣に座る。幼き頃から一緒に育ってきた父母と彼。ずっと母に思いを寄せていた、それは父からもカインさん自身からも少しだけ聞いた事がある。
「今はもうセシルとの幸せを願うだけでどうにかしてやろうという気持ちはないがな。だが俺の人生の中で人を好きになったのはあの一度きりだ。おそらく後にも先にも」
およそ彼らしくない遠回しな語り口に思わず自嘲の笑みが出た。褒めるときも叱るときもいつもまっすぐな彼の言い回しが僕はとても好きで。今回もきっぱりと否定されるかと思っていたのに似合わない湾曲な言い回しが可笑しかった。
「わかっています。忘れてください。子供の戯言です」
「やけになるなよ。話は最後まで聞け」
決定的な言葉を聞いたら泣いてしまいそうで逃げるように腰を浮かす。その僕の腕を強い力が押しとどめた。
「お前の気持ちは嬉しい。だが俺はお前がそういう意味で好きかと言われると否定せざるを得ない」
「…そうですよね」
「だがお前の事は愛しいと思っている。親友の子として、弟子としても。だからそれでもいいならお前の気持ちに応えよう」
言われた言葉が理解出来なくて、どういう事ですと呟けば彼は小さく笑った。
「俺を惚れさせてみればいいだろ」
「…そういう意味で…男女、ではないけどそういう意味で付き合ってくれるという事ですか」
「お前の頑張り次第だろ。恋愛感情など遠に無くなったと思っているから易い道ではなかろうが」
こんな歳の離れた男でいいならなとフッといつもの笑い声がしてお前は変わった奴だと頭を撫でる手の感触がした。受け入れてくれるとは思っていなかったし最悪、師弟の関係さえ壊れてしまうかと思った。なのに。
とてつもなく嬉しい反面、頭を撫でる手に彼の余裕を感じて思わずその手を掴む。掴んだ腕を力いっぱい引き寄せて見た目よりも薄い身体を腕の中に閉じ込めた。
「好きですカインさん。僕、頑張りますからいつかカインさんも僕を好きになってください」
彼の顔は見えない。僕の言葉に対して彼の返事は無かった。だけど背中に回された腕はしっかりと僕を抱き返してくれた。