白昼夢のような
触りたいなぁと思う。彼に抱いた気持ちに気付いた日から、揺れる髪に、たくましい背中に、紫に彩られている唇に。触れてみたい、と思う。
「…僕って変態なのかな」
「何か言ったか?」
「…いえ、カインさん髪の毛伸びたなーって思いまして」
「そうか?自分ではよくわからんな」
前を歩くカインさんに不明瞭ながら呟きが届いたらしく律儀に彼は振り返る。それに当たり障りない言葉を返しながら揺れる長髪を追いかける。腰元まで長く伸びた髪は歩くたびにゆらゆらと左右に揺れて、まるで毛先が風に踊っているようで美しかった。
「ここからは気を引き締めていけ。久しぶりの魔物の討伐だ。」
「はい、部隊長。」
戦いは終わったものの魔物の討伐依頼が入るのはまだ珍しくない。だが部隊長であるカインさんが出陣するほどの強い魔物はそういない。その滅多にいない力の強い魔物が町外れの洞窟に住み着いたらしく今回は部隊長であるカインさんと僕、その他の隊員で討伐に出向いている。
「先陣は俺とセオドアでいく。お前たちは後方で待機、戦況を見て援護しろ」
迅速に指示を飛ばすカインさんは迷いなく洞窟の奥へと向かっていく。道すがら、天井が低く飛べないからジャンプではなくクロススラッシュで攻めようと振り返る菫色の瞳に頷く。いつだか通ったミストの洞窟が思い出されて魔物討伐の最中だが懐かしく思った。
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「今回のお前の戦いは0点だ。」
「…すみません」
狭い洞窟で向かい合いながら静かに、だけどはっきりとした怒気を纏った声に思わず小さくなる。カインさん…部隊長はゴツゴツした洞窟の壁に寄りかかりながら先ほどの僕の戦いについて深いため息をついた。
「まるで集中出来てない。お前、俺が庇わなければ何度死んでたと思う?」
「…3回はしん」
「4回だ。」
遊びじゃないんだぞと柳眉が激しく寄せられてすみませんと謝る事しか出来ない。最近は父親にも褒められるようになるほど剣も槍も上達した。実際僕一人で部隊を率い討伐に出向くことも多く、難なく魔物を倒せるようになったのだ。なまじ腕に覚えがあった分、戦闘中に余計な事を考えて集中を欠いた。結果部隊長であるカインさんの足を大いに引っ張ってしまったのだ。
「お前も赤き翼の団員だろう。いつまでも俺に庇われていてどうする。」
久方ぶりに怒られてとうとう謝罪の言葉すら出なかった。僕のあり様に相当怒っているらしいカインさんだが他の隊員からは声が届かぬまで距離をとって叱責してくれるあたり彼は優しい。
縮こまりながら次はこんな事がないようにしますとの僕の言葉に被るように再びカインさんのため息が聞こえた。
「…部隊長?」
聞き返した刹那カインさんが視界から消えた。風が頬を掠めたと思った次の瞬間、鋭利な槍の先端が僕の顎を捉えた。ほんの僅か動けばその刃先が肌に食い込むだろう。
剣を握った僕の腕は咄嗟に反応したものの腰元あたりで無様に固まっていた。
「お前は隙が多すぎる。最近な。」
見上げた顔は未だ怒っているような呆れているような微妙なもので思わず目を逸らしたが顎下を捉えた槍によって動く事は叶わなかった。
「何がそんなに悩ましいんだ?」
俺では力になれんのかと槍に力が込められて僕はたぶん混乱したんだと思う。間近に迫る彼の顔と容赦なく急所を狙っている武器に混乱したんだと思う。気づいた時には僕の口から言葉が出て行った後だった。
「カインさんとキスがしたい」
「……なんだと?」
言葉を発した僕でさえ何を言っているんだと思うほど、カインさんに至っては全くの予想外だったらしく珍しくポカンとした顔をした。
「あ…の…忘れてください」
時間が止まったかと思うほど無音の空間に居た堪れず忘れてくださいと言い捨てて脱出しようとした刹那、暖かな唇が静かに重ねられた。
見開いた目の視界いっぱいに菫色が広がっていて呼吸だけでなく心臓さえ止まってしまったかと思った。
「部隊長…カインさん」
「…他の隊員と合流しよう。…先に行く」
壁伝いにズルズルと座り込む僕の心臓は先ほどとはうって変わりかつてないほどの早鐘を打っていて鎧独特の足音を響かせて立ち去る背中に声はかけられなかった。
続きます