細く柔らかい
通りかかった中庭にいつも通り脚を組んだ姿勢で座っている彼を見つけた。すらっと長い脚を組んでゆったりと座るのは彼のいつもの癖だったが今日は心なし背中が丸まっている気がする。少し前傾姿勢な彼に何をしているんだろうと近づけば己の手を真剣な表情で凝視していた。
「カインさん?」
「なあ、男はたいてい不器用なものだよな」
そうだろう?と唐突に始まった会話に困惑する。右手で左手を揉んでいる彼の質問の意図がイマイチわからずどういう事です?と質問で返せば彼はうんざりした様な顔でベンチに背を沈ませた。
「利き手ならこんな物どうという事はないのだがな。上手くいかん」
「何がです?…あ、棘ですか」
ため息をつきながら投げ出された手を検分すれば左手の人さし指に小さな棘が刺さっていた。
つぷりと刺さったそれは庭園の薔薇のもので手折ろうとした時に刺さったのだろうか絶妙に取りにくい深さで棘が食い込んでいた。
「冬薔薇が綺麗でな。せっかく冬についた花を奪おうとした罰かもしれん」
「…意外とロマンチックなんですね」
およそ彼らしくない行為に思わず笑えば彼は心外だと言いたげに片眉を上げた。
「手を見せて。僕がやりますよ」
言って隣に座れば素直に左手が差し出される。母さんか医務室に行けばいいのではと聞けばあいつらはこの程度でも大事にするから気がひけるとまたため息がひとつ降ってきた。それにまた笑って彼の手を引き寄せる。
「カインさんは利き手が左手だからこれを抜くのは難しいですね。」
「おまけに武人だから元来こういう細かい作業に向かん」
「僕は…どうだろ。母さんの手芸を手伝っていたから多少は出来るかな。…でもこれは取りにくいですね。」
薔薇の棘はつるつるとして僕の短い爪ではなかなか掴めない。ピンセットでもあればなぁと思いつつ口でもいいですか?と返答は待たず彼の指先を軽く噛んだ。
ピクリと軽く引かれた手を押しとどめて指先に吸い付く。軽く肉を吸い上げればあっけなく口の中に棘が抜け落ちた。
「セオドア。」
制止する様な呼び方にまだですと首を振って指先を軽く舐める。意外にも全く荒れていない手の感触が心地いい。棘を抜くという名目の下、心ゆくまで離したくなかったが不審がられない程度に抑えた。最後に、と噛んでいた指先に口付ければ可愛らしい音が鳴った。
「取れましたよ、棘。」
笑顔で舌を見せればその上に乗った棘を彼はつまむ。
「すまんな。…なかなか取れなかったか」
「ええ、まったく。手強い棘でした。」
じろっとねめつけられた様な気がして大仰に笑顔を作れば彼は腑に落ちない様子ながらももう一度礼を言ってくれた。これ以上突っ込まれる前にと彼の手を引いて立ち上がる。
「冷えてきましたね。戻りませんか?代わりと言ってはなんですが美味しいローズティーがあるんです。」
「…そうだな。」
なんとなく名残惜しくて引いた手をそのままに歩き出したけど僕の杞憂とはうらはらにその手は振りほどかれる事はなかった。