目に見える目標
「扱えないのに貰ってどうする。」
「使えるようになります!…いつか」
武器屋のカウンター前で言い争う僕たちに店主は呆れ顔でどうするの?と急かす。もう半刻も意見は平行線だからこの店主はよく待ってくれた方だと思う。
売る売らないで争っているのはカインさんと初めて会った時に彼が振るっていた曲刀だ。見た目以上に癖が強くて手練れた剣士でないと扱えない。自分も持たせてもらったがどうにも実戦では使いにくくて足手まといになるため彼に返していた。
新しい装備を買ったり見つけたりした場合今まで使っていた物は大抵新しい物に劣る。だから古い装備は売ってしまう人が多く、彼も邪魔な荷物になるくらいならと食料調達に寄ったこの町の武器屋にこれを持ち込んでいた。愛着なくさっさと売ってしまいそうな彼に慌てて、僕にくださいと頼み込んでいる。
「なぜそこまで欲しがる。使えない武器など邪魔なだけだ」
「確かに邪魔かもしれませんが絶対に戦闘に支障は出しません。…僕にください」
怪訝そうに僕を見ていた彼は一呼吸の間のあとついに折れて売る気だった曲刀を僕の手に押し付ける。店主に一言、すまんなと言い残してさっさと店を出て行ってしまった。
「結局売らないでいいんだね?」
呆れ顔で頬杖をついていた店主が面倒そうに僕の手の中の刀を指差した。
それに謝りつつ頷く。これは売りたくなかった。
「興味本位で聞くがどうして売りたくないんだい。大切な物なのかい」
「これはあの人の物なので僕はたいして思い入れはないんですけど……だってかっこよかったから」
不思議そうにどういう意味だいと聞いてくる店主に曖昧に笑って手の中の刀を見つめる。
彼は敵を倒した後、必ず手首をくるくると回して刀から血を飛ばす。冷淡な瞳と相まって最初の頃はその仕草がとても怖かったけれどいつからかその仕草がとてもかっこよく見えた。どんな敵でも表情を変えず冷静に攻撃を繰り出し敵を倒していく彼の強さに憧れた。こんな風に強くなりたいと思った。
身近にかっこいいであろう大人はたくさんいた。父親もそうだしこの間まで一緒に旅していたビッグスさん達も正義に熱く心優しいかっこいい大人だ。
だけど彼のように強烈に憧れる存在というのは初めてだったのだ。
「…まあよくわからんが売らないと決めたんだ。大切にしろよ」
「ありがとうおじさん。」
手間をかけさせてごめんなさいと謝れば元来気がいいのであろう店主は旅の幸運を。と送り出してくれた。
武器屋から少し歩いたところに一部屋の宿を取ってある。話し込んでしまった分日暮れが近づいていて足早に宿に戻れば店先の階段に彼が腰かけていた。
僕の腰に収められた刀には一瞥もくれず遅いぞとだけ言って立ち上がる。
「すみません。待たせてしまいましたか」
「夕日を見ていただけだ」
「…あの、無理を言って貰ってしまってごめんなさい。…怒っていますか」
先に階段を登る彼の背中に問いかければ静かな声で怒ってはいないと声だけが返ってきた。
「無理に貰っておいて言うことじゃないかもしれないけど大切にします。」
「怒ってはいないが不思議ではあるな。その刀に特別思い入れはないだろう」
「…気に入っているんです。これ」
これを振るう貴方がかっこいいからとは言えず微妙にずれた回答をしたが彼はそれ以上聞いてはこなかった。
そうか、とだけ言うと明日は早いから寝ろと部屋に戻る。それに続きながらいつか彼のような強い騎士になりたいと腰元の剣を撫でた。