一瞬の体温
「最近身が入っていないね」
「え…」
構えていた剣を下ろし、悩み事でもあるのかいと顔を覗き込んでくる父親にどきりとする。
自分では何事もなく振舞っていたつもりだけど父親には通じなかったらしい。
「すみません」
「いや、責めているわけではないんだ。ただ何か悩みがあるなら相談にのるよ」
僕に話しにくいなら母さんにでも話してごらんと笑う父親に曖昧に頷く。久しぶりに父親に剣の稽古をつけてもらっていたが確かに身が入っていないと思う。最近あるひとつの事が頭から離れないのだ。悩み…とは少し違うけれど。
「父さんは…」
「ん?」
「…父さんは寝ても覚めてもある人が頭から離れないって事ありましたか?」
少し面食らったような顔をした父親は珍しく意地悪げな悪戯な顔で笑う。
「そうだね。ローザを好きになった時はそうだったかもね」
気になる女の子でも出来たのかいと笑う父親にこれまた曖昧に頷く。
女の子ではない。もっと言えば20以上も年の離れた男性なのだが。
「セオドアもそろそろ人を好きになる年頃だものね。ぜひ父さんにも紹介しておくれ」
嬉しそうに笑う父親に貴方のよく知っている人ですとは言えず代わりにもう一戦剣の稽古を願い出た。
一心に剣を振るいながら思う。果たしてこの気持ちは父親の言うように恋なのだろうか。
「あ…」
稽古も終わり着替えようと自室に向かっている時だった。
たまたま通りかかった中庭に見知った人の姿を見つけた。日にきらきらと輝く金髪は遠目からでもよく目立つ。挨拶をしておこうと近づけばその人は本を開いたまま寝息を立てていた。彼が近づく気配にも目を覚まさないほど深く眠りこけているのはとても珍しいと思う。
「カインさん」
呼びかけても返事はない。少し近づき身をかがめれば深い寝息が聞こえた。
「珍しい…」
なかなかない機会に遠慮なしに顔を覗き込む。いつもと変わらず端正な顔立ちだったが鋭い瞳が閉じられていると少しだけ幼く見える。金の髪とお揃いの金の睫毛はこんなにも長かったのかと新たな発見をした。
「やっぱりわからないなぁ」
ここ最近自分は寝ても覚めてもずうっと彼の事を考えている。ほとんど無意識のうちに目線は金の姿を探している。なぜかはわからない。父さんが言うようにこれは恋なのだろうか。年の離れたこの男性に?
「わからないけど…」
無意識に目線は彼の薄い唇に。触れてみたい、と思った。
いつだったか町の祭りで女の子と踊りを踊った事がある。間近にある照れた顔の少女は可憐で可愛らしかったがそれだけで、その唇に触れたいなどとは微塵も思わなかった。
なのに。
「カインさん」
これで起きなかったら。強めに呼びかけた声にもやはり返事はなかった。
静かに静かに、できる限り最大限の注意を払いつつ彼に顔を寄せる。一瞬だけ、ほんの僅かに彼に触れるとそっと離れた。一秒にも満たないその接触。
今までになくどきどきと高鳴る胸に、あぁこれは確かに恋だと思った。