慰められるのは恥ずかしい
「なんかあの人鉄仮面みたいだな」
「え?」
ほらあの人、と友人が指差す方を見れば学校の中庭には自分のよく知る人物が上級生相手に受け身の取り方を教えていた。
「王様の幼馴染で聖竜騎士だから偉い人なんだろ?あんなの部下にやらせる仕事だと思うけど」
「…うん。」
兵士は城や街の警護に忙しいから俺が行くのさ。司令官など何もなければやることがなくて暇なものだといつだか彼は笑ってたけどそれは真実ではないと思う。
自分の知らないやるべき仕事がたくさんあっていつも遅くまで部屋に灯りがついている。それでも忙しい時間を縫ってこうして城下の子供達に護身術や簡単な魔法の手ほどきに時々来ているのを知っている。
だからなんと返事を返そうかと考えあぐねていると友は素直に話を続けた。
「俺も一回授業で教えてもらったけど笑わないし無愛想だしなんか怖いし…」
「…そう?」
「何考えてるかわかんないし。」
ふうとため息をつく友の顔を伺い中庭の人物を見下ろした。
確かに鎧に包まれた高い背にいつも冷静な顔。その顔の美しさも合いまって知らない人間には冷淡な印象を与えるかもしれない。
自分も初めて会った時そのような事を思った。だけど接していくうちに優しい人に印象は変わった。一見突き放すような言葉も自分の事を思えばこその優しさだったし変わらないと思っていた表情もわかりにくいだけで実はよく笑ってくれるのだ。
「僕はそうは思わないけど。優しい人だよ」
「あの鉄仮面が?嘘だあ」
「…ねえその鉄仮面てのやめてほしいな」
そんな風にあの人を呼ばないで欲しい。
「…なんだよ。鉄仮面は鉄仮面だろ!」
自分の苛立ちが伝わってしまったのか一瞬バツが悪そうにした友人は本当の事言って何が悪いと言葉を荒げた。
そこからは売り言葉に買い言葉、お互い激しく言い合ってそれからはその日一日口を聞くことはなかった。
その日の授業も終わり荷物をまとめてズンズンと地面を叩きつけるように歩き城下町を王宮へと抜ける。嵐を吹くように鼻息荒く歩いていた勢いはしかし王宮へつくころには後悔の方が強くなっていた。
怒ったこと自体には後悔はないけども。もう少し言葉を選んだり、というか普通に訂正すればそれまでの話じゃないか。
仲のいい友人を自分の失言で失ったらどうしようと悲しい気持ちになる。思わず涙が流れたがそれを誰にも見られたくないと自室へ走った。
広い王宮はとにかく曲がり角が多い。気づいた時には向こうから来ていた人物に勢いよくぶつかってしまった。
目の前に広がるのは白と水色の綺麗な鎧。目の端に絹糸の様な金髪がゆらゆらと揺れた。
喧嘩の原因となった人物だと気づき思わずはっと顔を見上げた。
女性に間違えそうな美しく端正な顔立ち。金の髪とお揃いの金のまつ毛が縁取る菫色の瞳。オレンジ色の夕陽がキラキラと金の髪を照らして思わずぼうっと見惚れてしまった。
「セオドア…?」
驚いたような菫色の瞳が自分の頬を見るのを見て慌ててうつむく。泣き顔を見られるのは恥ずかしいしこの人の前では情けない姿を見せたくはなかった。
どうした、学校で何かあったのかと聞く声はとても優しい。ぶつかったときに抱きとめてくれた腕が動き頭を撫でられた途端、自分でも止めようのない涙がぶわっと溢れた。
カインさん…!と呼んだ声は嗚咽で音にならなかったけど構わず目の前の胸に抱きつく。硬く冷たい鎧に自分の涙が伝い落ちていくのが見えた。
夕陽でも見るかと連れられてバルコニーのベンチに座らされる。その横に座った人はしばらくは何も言わなかった。
泣いたことと抱きついたことが今さらながらバツが悪くて少しうつむく。ガシャっと鎧の動く音と共に長い足を組むのが見えた。
「珍しいな。お前が泣くなど」
視線は夕陽に注がれたまま静かな声がストレートに投げかけられた。父親や母親は僕が悩んでいたり悲しんでいたりすると僕を気遣って遠回しにアプローチしてくるが彼は違う。褒めるのも叱るのも慰めるのもいつも直球だ。だけど僕はそれがとても心地いいと思っている。
無理に聞き出そうとはしないその優しさが嬉しい。
結局原因は伏せたが全て打ち明けると静かに聞いていた彼は視線はそのままに僕を慰めてくれた。ハグをするでも手を握るでもなく淡々と、だけど優しい言葉での慰めはとても暖かく心に染みた。
「明日友達に謝ろうと思います」
潤んでしまった目をこすり告げれば菫色の瞳がほんの少し優しく細められた。大きな手が頭を撫でて目の端の涙を拭ってくれる。
「友達もきっとお前と同じ気持ちさ」
大丈夫だと撫でてくれる彼に今さらながら恥ずかしくなり夕陽を見つめる。
明日がんばれよとの言葉と暖かな手にお礼を言うと同時に太陽が地平線へと消えた。