おやつのお時間



 藤の花の家紋の屋敷で骨休めの一時を過ごしている一同。鼓屋敷での任務を終え、久方振りの休息は疲れ切った心身に染み渡る。そんな中で私のお気に入りと言えば、屋敷のお婆さんが大抵決まった時間に用意してくれる茶菓子だった。

「んん…美味しい」

 ぽかぽかと縁側で日光浴しながら頬張る団子は絶品だ。生地の絶妙な弾力さと、甘さの中に感じられる仄かな塩気が何とも言えない。思わず独り言ちながら、私は最近の日課になってしまったこの時間を存分に楽しんでいた。そんな時だった。

「背中がガラ空きだぜ!」

 最早こちらも恒例となってしまった奇襲攻撃の予感を察知し、すっと皿ごと横に移動すれば、背後から頭突きをしてきた伊之助が庭へ突っ込んでいったのが見えた。勢いに攫われた髪が浮いて、相変わらず強烈な突進にやれやれと悔しげな猪を見遣る。

「いい加減朝から晩まで狙ってくるのやめない?大体、何で私なのよ」

「うるせぇ!テメェの胸に耳を当てて考えてみな!」

「いや、耳じゃなくて”手”ね。それ凄い姿勢なるからね?」

 というか、私のせいだって言うのか。全くもって何のことなのかさっぱり分からない。困り果てる私に対し、伊之助はじりじりと襲いかからんばかりに近寄ってくる。そうだ!と思い立って手招きして見せれば、伊之助は怪訝そうに足を止めた。
 まるで威嚇する野良猫とてなづける老人のような絵面に内心笑いがこみ上げそうになる。が、ここで吹き出したら逃げられてしまいそうなので必死に笑いを噛み殺して微笑んでみる。

「…何だよ」

「伊之助、お団子もらったの。一緒に食べよう」

「団子?」

「ほらこれ。もちもちで美味しいよ」

 串を持ち上げてみれば、伊之助の喉が上下したのが見えた。食欲旺盛な彼のことだ。きっと喜んでくれるに違いないと考えた結果だったがどうやら当たりだったらしい。
 伊之助と知り合ってまだ月日は立っていないが、行動を見たところ夕餉の時間は何より活発に見える。特に天ぷらがお気に入りらしく、お婆さんを見かけては「おい!今日も飯はアレにしろ!アレだぞ!」とどこぞの頭領のように捲し立てている姿を頻繁に見掛けるくらいだ。
 叩いて隣に座るよう促すと、伊之助は思っていたより素直に横に腰をおろしてくれた。そのまま被り物を脱ぎ捨てると、私から団子を奪って頬張った。途端に輝いた両目に思わず笑みが零れる。

「お、おい…」

「どう?美味しい?」

「何だこれウメェ…もう一本寄越せ!」

 感動に打ち震えている様子を見る限り口に合ったようだ。もう一本差し出せば、伊之助は「うめぇ!」と連呼してあっという間に食べきってしまった。まるで子供のような一面に自然と此方までニコニコしてしまう。どうやら私は今日、とても機嫌が良いらしい。

「…宜しければ此方もいかがでしょうか」

「!?」

 いつの間に後ろに座っていたのか。音もなく現れた屋敷のお婆さんに思わず叫びそうになったのを既のところで抑える。「…どら焼きでございます」と差し出された皿を見下ろせば、そこにはふっくらとしたどら焼きが二つ。まるで食べてくれと言わんばかりにつやつやと輝いてそこにいた。
 「わぁ!ありがとうございます!」とお礼を述べると、お婆さんは優しく微笑みながらお辞儀をして去っていった。その姿を見送り、ありがたく頂いたどら焼きを早速伊之助との間に移動させた。
 生地の真ん中にある焼印を見た所もしかしたらお高い茶屋のものかもしれない。気を遣わせてしまったかと一瞬手が止まるが、このどら焼きを目前にして、最早食べたい欲求を抑えることなどできなかった。すると、珍しく静かだった伊之助がジッと私を見るとおもむろに口を開いた。

「好きなのか?この変な柔らかいやつ」

「へ?」

「いつもの飯の時より反応してんだろ」

 何かと思えばそんなことを言うものだから、思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。伊之助にバレるくらいそんなに分かりやすかったのだろうか。確かに気分上々では合ったがこれでは人のこと言えたもんではない。好物で喜ぶなんてそれこそ子供みたいだ。
 
「…うん、好き。甘いものが好きなんだ」

「へぇ」

 気恥ずかしくて目を泳がせる私を見て、伊之助は弄んでいたどら焼きを盛大に頬張りながら「食わねぇなら俺が貰うぞ」ともう片方の手を皿に伸ばした。なんてことだと慌ててどら焼きを救出し、早速香ばしいそれにかぶりつく。
 ふんわりした小麦の生地と甘い餡子が何とも言えない。そう、この味だ。最後に食べたのは鬼殺隊になる前だったか。出掛けた祖母がお土産にと買ってきてくれてから大層この甘味に惚れ込んだのを覚えている。甘いものは何よりも好きだが、特にこのお菓子は私の中で特別な一品だった。

 「美味しい」自然とそう呟いて頬がだらしなく緩む。途端に石のように固まった伊之助に、味わいに浸っていた私は数秒遅れてそのことに気付いた。

「?どうしたの、美味しくなかった?」

「…だぁからそういう顔で俺をホワホワさすんじゃねぇって言ってんだろ!!!!」

「は!?イダダダダッいヒャい!」

 訳の分からないことを言い出して私の両頬を引っ張る伊之助。抵抗しようとすると更に引っ張られてしまいどうしようもない。何か今「餅みたいだ」って小声で聞こえたのは気のせいだと思いたい。完全に趣旨が変わってないそれ?

 困惑したままの私の頬を引っ張りまくる伊之助は、帰宅した炭治郎が「やめるんだ伊之助ー!」と叫ぶまで止めることはなかったのであった。






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