11.出逢い




「南南東、南南東、南南東!」

「次ノオ場所ハァ南南東!」

 珠世さん達に別れを告げると、傷も癒えぬまま鴉達が次の任務を寄越してきた。我々に休息はないのかとゲッソリと頭上の鴉を見上げる。矢印鬼の攻撃で脇腹は地味に痛むし、連続の任務で疲労が溜まっている。だがこれが鬼殺隊の仕事なんだから文句は言えない。耳元で騒ぎ立てる鴉達に「頼むからもう少し黙っててくれ…」と炭治郎が耳を抑えていると、鴉よりよっぽど耳障りな声が道の先から聞こえてきた。

「頼むよ、頼む頼む頼む!結婚してくれ!いつ死ぬか分からないんだ俺は!だから結婚してほしいという訳で!頼むよォーーッ!」

「何、あれ」

「いや…分からない」

「カァアア!」

 炭治郎と薫が心底引いた顔で見つめる先には、黄色の羽織に黄色の髪色をした鬼殺隊の隊士がいた。それもどういう訳か娘に泣きながら縋り付いているのだから奇妙な絵面だ。娘は顔を青ざめさせて嫌がるように首を振っている。
 只ならぬ様子に近付こうとすると、二人の前に困り果てた様子の雀が現れた。ちゅんちゅんと鳴く雀の言葉を理解した炭治郎が「そうか分かった!何とかするから」とずんずん歩いていく。「え、言葉わかるの?」と慌てて薫がその後を追った。

「何してるんだ道の真ん中で!その子は嫌がっているだろう。そして雀を困らせるな!」

「あっ…隊服!お前等は最終選別の時の…」

「お前みたいな奴は知人に存在しない!知らん!」

「えーーーッ!?会っただろうが会っただろうが!お前の問題だよ記憶力の問題!」

「あ、思い出した!この人最終選別でずっと泣いてた黄色い人だ」

「ねぇ覚え方酷くない!?いや合ってるけど、合ってるけども!!もっと他になかったの!」

 最終選別の時にやたらマイナス思考の参加者がいたことを薫は思い出した。文句を言われるが事実それしか記憶にないのだから仕方ない。それにしても見る度に泣いてるなぁと薫は鼻水と涙でめちゃくちゃになった顔を手巾で拭いてやった。すると黄色い人――基い善逸が照れたように「あ、どうも」と一瞬大人しくなる。 その隙を狙って炭治郎が女性に帰るように促すと、すかさず善逸が止めにかかった。

「アッーーー!!その子は俺と結婚するんだ俺のこと好きなんだか…」

 ら、と言い終わる前に先に女性が凄まじい剣幕で善逸をボコボコに殴った。慌てて炭治郎が止めにかかるが、女性は「いつ私があなたを好きだと言いましたか!」と必死で否定していた。

「別に好きじゃないって言ってるけど」

「嘘!?俺のこと好きだから心配して声かけてくれたんじゃないの!?」

「私には結婚を約束した人がいますので絶ッ対にありえません!それだけ元気なら大丈夫ですね!さようなら!」

「ま、待ってッ…何で邪魔するんだ!」

 善逸が泣きながら振り返る。事の真相を知った二人は哀れみの視線で善逸を見下ろしていた。その別の生き物を見るかのような視線に、遂に善逸が怒り心頭といった様子でギャーギャー騒ぎ立てる。とは言え完全に自業自得なのだからしょうがない。結婚できなかったのは二人の所為ではないし、ましてや責任をとる義理など微塵もなかった。あんまりな要求に珍しく炭治郎が蔑んだ瞳で言葉を失っていると「何か喋れよ!」とまた善逸が怒った。

「俺はもうすぐ死ぬ、次の仕事でだ!俺はな物凄く弱いんだぜ舐めるなよ…俺が結婚できるまでお前は俺を守れよな!」

「炭治郎だけ?私は守らなくていいの?」

「え…何、二人はずっと一緒にいる訳?朝から晩まで?ズーーーッツと一緒なの!?」

「そうだけど。これからの任務も合同だよ」

「はぁアアアアァッ!?何それ何なのそれお前だけずるくない!?毎日毎日女の子と一緒で!!」

「お前じゃない竈門炭治郎だ!こちらは桜木薫だ!」

「そうかいごめんなさいね!!俺は我妻善逸だよ助けてくれよ炭治郎〜〜薫〜〜」

「助けてくれってなんだ!なんで善逸は剣士になったんだ!何でそんなに恥を晒すんだ!」

「そこまで言わなくても」

 尚も泣きながら縋り付いてくる善逸に炭治郎が止めを刺す。最早ヤケクソとなった善逸は、女に騙されたことや、死ぬ程キツい鍛錬、最終選別で死ぬかと思いきや運良く生き残ってしまったことを身体を仰け反らせながら喋った。最終的には目をあらぬ方向に向けて狂ったように絶叫すると、地面に蹲ってブルブル震えた。
 あまりの恐怖の表れに二人はどうしたもんかと顔を見合わせる。善逸の反応は正しい反応だ。誰もが死ぬのは怖い筈だし、痛い思いをするのは嫌に決まっている。只これだけ感情を露わにするのが難しいだけだ。素直なのは恥ずかしいことではない筈なのに、結果としてそれは恥であると捉えられる。一向に落ち着かない善逸に、薫は懐から何かを取り出すとそれを無理やり善逸の口の中に放り込んだ。

「ムガッ!?何すん……金平糖?」

「お腹空いてると気持ちが乱れるよね。そういう時は金平糖食べると落ち着くんだよ。どう、美味しい?」

「……うん」

「怖いの分かるけど、雀困らせたらダメだよ」

「え、雀困ってた?」

「善逸がずっとそんな風で仕事に行きたがらないし女の子にすぐちょっかい出す上にイビキもうるさくて困ってるって」

「言ってんの!?」

 すると鴉が頭上で「駆ケ足!共ニ向カエ次ノ場所へ!」と任務の催促をしてきた。そういえば完全に忘れていた。すぐに立ち上がるが、善逸だけが喋る鴉を見て全力でひっくり返ったのだった。


***



 辿り着いたのは山の中にある如何にもといった風貌の屋敷だった。どんよりと空気が濁って薄気味悪い雰囲気が漂よう。

「血の匂いがするな。でもこの匂いは…」

「え?何か匂いする?」

「ちょっと今まで嗅いだことがな…」

「それより何か音がしないか?あとやっぱり俺達共同で仕事するのかな」

 見事に全ての台詞を遮った善逸。何か聞こえるらしく、同じように耳に手を当てて見るが何も聞こえない。善逸は耳が良いのだろうか。「音って?」と炭治郎までも耳を澄ましていると、背後からがサリと草を掻きわける音がした。反射的に振り返る。するとそこには恐怖に染まった表情で抱き合う兄妹の姿があった。顔を青くさせて、炭治郎が「こんな所で何してるんだ?」と近付いただけで後退りする。可哀想なくらいに怯えていた。
 こういうのは炭治郎の得意分野だろう。一瞬何かを考える素振りを見せると、兄妹の目線の高さまで屈んで「じゃーん、手乗り雀だ」と掌の雀を見せた。可愛いだろう?そう続けると、気の抜けたようなほっとしたような表情で兄妹が座り込んだ。よっぽど緊張していたのだろう、目には涙が滲んでいる。

「何かあったのか?そこは二人の家?」

「違う…違う…」

 兄の方が再び真っ青な顔で力なく首を横に振った。

「ば、化け物の…家だ」

 息を呑む。

「夜道を歩いてたら、兄ちゃんが連れてかれた…。俺達には目もくれないで…兄ちゃんだけ」

「あの家に入ったんだな」

「うん…うん…」

 ボロボロと涙が溢れる。どうしてこの子の兄だけ…?疑問が浮かぶが、今は目の前の子供達に何より安心をしてもらいたくて、私は二人の頭を「怖かったね、二人で追いかけたなんて偉いぞ」と言って撫でた。頭に乗せた手に体重がかかる。まるで人の温もりを求めるかのように身を預けてくる二人に、私は思わずその小さな身体を優しく抱きしめた。きっとお兄ちゃんを助け出す。そう約束しながら震える背中をさすった。すると、今まで黙っていた善逸が「なぁ」と口を開く。

「この音なんだ?気持ち悪い音…。ずっと聞こえる。鼓か?これ…」

「音?音なんて…」

 その瞬間、屋敷の唯一開け放たれた窓から勢いよく何かが落ちてきた。――人間。全身を血の色に染めた、傷だらけの男だった。一瞬のことだった。
 男は抵抗する間も無く落下すると、そのままぐしゃりと頭から叩き付けられる。肩越しに妹の悲鳴が響いて、咄嗟に「見ちゃ駄目!」と二人の視界を両手で遮った。炭治郎が男の人に駆け寄る。

「大丈夫ですか!しっかり!」

「出ら…せッ…かく…出られた、の…に…」

 目を見開いたまま男は震える。そこにあるのは果てしない――恐怖。「死ぬ…のか…?」その最後の間際まで心を埋め尽くす感情に絶望した。口から、頭から、血が流れては地面に血溜まりを作っていく。炭治郎が強く男を抱きしめた。

 刹那、男が降ってきた屋敷から地を揺らすような雄叫びが響いた。低く、深く、臓器を揺らすような音色に嫌な汗が頬を伝う。鬼だ。この子達の兄を連れ去り、人々を惨殺する鬼の声だった。すると、兄妹が落ちてきた男に「に、兄ちゃんじゃない」と震える声で呟いた。
 もしかしたら何人も連れ去られているのかもしれない。また誰かが亡くなってしまう前に、悲しい思いをする前に助けださないと。炭治郎は既に呼吸音がしなくなった男に手を合わせ、静かにその場に寝かせると「行こう!」と立ち上がった。

「善逸?早く助けに行かなきゃ」

 ガタガタと震える善逸にもう一度声をかける。善逸は首が取れるんじゃないかと心配する程首を横に振った。どうやら死ぬ程行きたくないらしい。あれ程の惨状を見せられて無理もないか。じゃあ代わりに兄妹を見てもらおうかと炭治郎を振り返って、私はすぐに口を閉じた。

「そうか。分かった」

「た、炭治郎」

「ヒャーーッ!何だよォ!何でそんな般若みたいな顔すんだよォ!行くよォ!」

「…大丈夫?無理しなくてもいいんだよ?」

「行くって行くって行くって!行くよぉーーーッ!行けばいいんでしょ!」

「わっ、ちょっと掴まないで」

 ズルズルと善逸が足に縋り付いてくる。取り残されても行っても結局はどっちも怖いんじゃないか。必死に重い上半身を持ち上げようと奮闘する中、炭治郎は善逸のことなど完全に無視して兄妹に駆け寄ると、目の前に禰豆子ちゃんが入っている箱をおいた。
 
 何かあったらこの箱が守ってくれる。そう言い残して私達は化け物の住処へ足を踏み入れたのだった。




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