6.始まり




 明くる日もひたすらに鬼と戦って走って安全な昼間に休息を取り、また鬼と戦う。何日間もそんな生活が続いた。刀がない今、片時も炭治郎と離れることはなかった。お互い背中合わせに、折れた刀でできる限りの抵抗をした。
 勿論、真っ二つに折れてしまっているのだからどうしても攻撃範囲が狭くなってしまう。必要以上に鬼に近付けばどこから攻撃が飛んでくるか分からない。結果的に炭治郎を頼ってしまうことになってしまったけど、お互いを補佐しあって六日間をくぐり抜けてきた。
 時折炭治郎が鬼に禰豆子ちゃんを人間に戻す方法を聞こうとしたこともあった。しかし期待虚しく、どの鬼も耳を貸すどころか目の前の久々の獲物を仕留めるのに必死で有力な情報は何一つ得られなかった。

 そうしてやっと迎えた七日目の早朝。白黒の双子が「お帰りなさいませ」と私達を迎えた。

 どれだけ見渡しても会場には私含め五人しかいない。あれ程いた参加者の内、私含めたったの五人だけだ。初日に見かけた黄色い子もいて、やっぱり「死ぬ死ぬ死ぬ」とブツブツ呟いていたがちゃんとここにいるのだから実力はある筈なのに、後ろ向きな性格なのだろうか。

「おめでとうございます。ご無事で何よりです」

「まだ五人だけですけど、他の方は遅れてくるんですか?」

 そういえば手鬼に襲われていた男の子もいない。思わず双子に尋ねると、相変わらず顔色一つ変えずに小さく首を横に振った。それがどういう意味なのかすぐに理解できる。私達以外、合格者はいない。
 あの時ちゃんと見ていれば…そう思ってももう過ぎてしまったことだった。分かってはいたけど、鬼殺隊に入るのは生半可な覚悟じゃいけない、簡単なことではないんだと改めて痛感した。炭治郎の顔が曇る。きっと優しい彼のことだ。助けられなかったと悔やんでいるに違いない。

「で、俺はこれからどうすりゃ良い。刀は?」

 刈り上げに鋭い目つきをした男の子が早くしろと言わんばかりに切り出した。

「まずは隊服を支給させていただきます。身体の寸法を測り、そのあとは階級を刻ませていただきます」

「階級は十段階ございます。甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸。今現在皆様は一番下の癸でございます」

「刀は?」

 少しくらい我慢できないのだろうか。何度も尋ねる男の子に気付かれないように呆れの溜め息を溢す。文句を言ってしまいそうになったが、性格からしてめちゃくちゃに反抗してきそうである。
 余計な騒ぎにならないよう口を結ぶと、双子が男の子に、玉鋼を選んでから刀が出来上がるまで十日から十五日かかることを丁寧に説明した。

「更に今からは鎹鴉をつけさせていただきます」

 双子の白髪の方が手を叩くと、空に鴉が鳴き声をあげながらが集まってきた。一人一匹ずつ肩にとまる。黄色の子が横で「え、鴉?これ雀じゃね」と一人だけ違う鳥を手に乗せていたが、気付かなかったことにして右肩の少し小ぶりな自分の鴉を撫でる。どうやらこの鴉は鬼殺隊の連絡用らしい。
 こうやってみるとなんだか鴉も可愛いななんて思いながら撫でていると、さっきの男の子が自身の鴉を叩き落としたかと思いきや、双子の白髪の女の子の髪を掴みあげて詰め寄っていた。

「どうでもいいんだよ鴉なんて!刀だよ刀!今すぐ刀を寄越せ!鬼殺隊の刀、色変わりの刀だ!」

 何を…そう言いかけるよりも早く炭治郎が男の子の手を掴んだ。

「この子から手を離せ!離さないなら折る!」

「アァ?なんだてめェは、やってみろよ!」

 おっかない顔で怒る炭治郎。やってみろよなんて言ってるけど、炭治郎は本気だ。次の瞬間ミシッと嫌な音が聞こえて、怪我をした鴉を膝に乗せていた黄色い子が驚愕の表情で二人を見る。腕、折っちゃった…。
 男の子が痛そうに腕を抑えて蹲るのを横目に言わんこっちゃないと双子に近付くと、切れた口の端を手巾で丁寧に拭いて、髪を直してやる。女の子は何も言わなかったが、小さく微笑んでくれた。

 「お話は済みましたか?」と黒髪の子が口を開くと、それきり男の子は悔しそうに顔を歪ませて、何も喋らなかった。

「ではあちらから刀を作る鋼を選んでください。鬼を滅殺し、己の身を守る刀の鋼はご自身で選ぶのです」

 台の上に用意された無数の鋼。大きいものから小さいものまで、たくさんの大きさと形の鋼が並んでいる。
どれも同じに見えるけど…何個か拾い上げて吟味して見る。本当にどれも違いはないように見える。

「これ、かな」

 何となく惹かれるものを感じて、私は一つの鋼を持ち上げる。大きくも小さくもない、中くらいの玉鋼は何事にも染まらない白色のように見えた。



***


「し、しんどい…」

「頑張ろう…あともうちょっとで家だ…」

 支給された隊服の入った鞄をぶら下げ、藤襲山を下山した後とんでもない疲労が私達を襲った。身体中は痛いし、荷物は重いし、緊張と不安でろくに寝れなかったこともあって、全てが終わった解放感から崩れ落ちそうになりながら歩いていた。
 炭治郎は何やらずっと考え込んでいた。禰豆子ちゃんを救う為の有力な情報は何も得られなかったのだ。きっと彼のことだから甘かったと自分を責めているに違いない。今はそっとしておいた方がいいかなと思い、私はただぎゅっと炭治郎の手を握る。大丈夫だよと心の中で唱えると、答えるように握り返してくれる。二人の間に無言の空間が広がった。
 それから死に物狂いで歩き続けた。空は既に朱色に染まっている。道中何度か憐れみの視線で見られたが、その度に炭治郎と会った時の私もこんな感じだったのだろうか、あれから随分経ったななんて頭の片隅で思いながら私はお祖母様の形見を包んだ風呂敷を大事に背負い直した。

 最早命綱となった木の棒を必死に突いて鱗滝さんの家に辿り着いた。すると、タイミングよく家の戸が何者かによって蹴り壊され、白い足が覗く。
 ギョッとしていると、中から出てきたのは炭治郎の妹の禰豆子ちゃんだった。

「禰豆子、お前ッ…起きたのかァ!」

「!!」

 隣で声をあげる炭治郎に禰豆子ちゃんが気付く。此方に駆け寄ってくる姿に炭治郎は「禰豆子ッ…」と足を踏み出すが、そのまま体勢を崩して勢いよく転んでしまった。「大丈夫!?」と肩に手を回すも、炭治郎は身体に力が入らないようでぐったりとしたまま動かない。すると、ふわッと禰豆子ちゃんが私諸共炭治郎を抱きしめた。

 ずっと眠っていた禰豆子ちゃん。けど、ずっと兄の帰りを待っていたんだ。力強く抱きしめる禰豆子ちゃんの肩越しで、炭治郎の目に大粒の涙が溜まっていく。釣られて私まで鼻の奥がツンとしたのでグッと堪える。すると、背後から更に大きな温もりが私達を包んだ。鱗滝さんだった。鱗滝さんは私達三人を強く抱きしめると「よく生きて戻った!!」と涙を溢す。
 たくさんの温もりに、ついに我慢できなくなって三人でワーワー声をあげて涙を溢した。夢じゃない。生きて帰ってこれたんだ。鱗滝さんとの約束を破らずにすんで本当に良かった。これ以上悲しい想いをさせずにすんで、本当に良かった。
 真菰と錆兎も、きっと笑ってくれている。そんな気がした。

 けど私達はやっとのことで土俵に立つことができただけ。まだ始まったばかりだ。鬼舞辻無惨のことや、禰豆子ちゃんを人間に戻す方法も何一つ、まだ手に入れていない。これからもっと辛いことが待っているだろう。もっと強い鬼を相手にして痛い想いや立ち止まってしまうこともあるかもしれない。
 でも、こうやって自分達の帰りを待ってくれている人がいる、見守っててくれる人がいるって気付いたから。どれだけ壁にぶち当たっても、心だけは折れない。もう誰も悲しませない。

 すっかり慣れた大きな温もりに、「ただいま」そう言って私はもう一度涙を流した。




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