05.赤すぎて紅


 ずっと憧れてきた人物が偽物だったと知った時、例え呼ばれたとしても成歩堂法律事務所には行くつもりなんてなかった。だけど、自分に弁護を教えてくれた牙琉先生が逮捕されてしまい途方に暮れていたことと、やっぱり憧れの成歩堂さんが嘘だったと信じきれない自分がいて、気付けばオレはあんなにも嫌がっていた事務所にのこのこやってきてしまった。
 しかし、現実は残酷なもので、オレを待っていたのは弁護士の弁の字もない”成歩堂芸能事務所”だった。
 その後マジシャンである成歩堂さんの娘、みぬきちゃんと病院に呼び出されたかと思えば、轢き逃げにあったという成歩堂さんに押し付けられたのは犯人探しの仕事。弁護士なりたてだというのに早々に無職に成り果てたオレは引き受ける以外選択肢がなかった。
 
「一旦証拠品と情報を整理したほうがいいかもしれないな…」
「みぬきのパンツと盗まれた屋台、轢き逃げの犯人と事件は盛り沢山ですもんねぇ」

 受けた依頼は一つだけだった筈なのに、気付けば同じ場所で偶然起きた事件が重なって掛け持ち依頼となってしまった。
 しかも厄介なことに三つとも関係がありそうな事件だ。こんがらがってしまいそうな脳内を整理することになったオレ達は、みぬきちゃんの提案である場所に行くことになった。
 行き先は見当もつかないが、どうやらみぬきちゃんのお世話をしてくれてる人のお店に行くらしい。

「何ぼけーっとしてるんですか?オドロキさんも会ったことありますよ」
「え!?嘘だよ知らないよオレ」
「もー!控え室で会った時に後ろで座ってたお姉さんいたじゃないですか!」

 そこで漸くあっと声を上げる。いた。確かにあの時みぬきちゃんの後ろには女性がいたのを覚えている。
 正直、一瞬しか見てないのと、初めての法廷で緊張してたから顔はほぼ覚えてないも同然だった。だけど事務所に入るということはその人とも今後関わってくることになるだろう。今会っておくのはいい機会かもしれない。

 辿り着いたのはシックな色合いのお店。壁にはhoroscopeと書かれている。星占いの店かなんかか?
 しかし店内は真っ暗で人がいる様子はない。タイミングを間違えてしまったかと思いみぬきちゃんに声をかけようとするが、彼女はなんてことないとばかりにドアに向かうとガチャガチャと鍵穴を弄りだした。

「ちょっと何してるんだよ!?」
「みぬきに掛かればこの程度の鍵開け朝飯前です」
「さらっと犯罪自慢しないでくれるか…。ホントに開いたし!」

 あっという間に扉が開かれ来客を知らせるベルが鳴った。さらりととんでもない特技を披露したみぬきちゃんは呑気に「合鍵が必要ですなー」なんて言いながら店の中に入っていく。オレからしたら他人の家に忍び込んでるようなものだ。罪悪感に胸を痛ませながらも、恐る恐る足を踏み入れた。

 みぬきちゃんは慣れた様子で店内の電気をつけると「なまえさんが帰ってくるまで待ちましょう」とカウンターに座った。入ってしまったものは仕方ないと腹を括り、オレも隣に座って資料をテーブルに広げる。ドアミラーやらスリッパやら、次々と出てくる大きな証拠品に溜息を吐きたくなるのを我慢する。
 そうして吟味すること数分後、背後から突然ドアが乱暴に開けられた音がした。反射的に二人で振り返れば、息の荒い女の人が転がり込んでくる瞬間だった。

「な、何で鍵開いてるの…ってみぬきちゃん!?え!?私もしかして閉め忘れてたのかな!?うわわ金品取られたら生活していけないーー!」
「みぬきがピッキングしちゃった!ごめんねなまえさん」

 「てへ」と可愛らしく舌を出す隣の中学生に最早冷や汗が止まらない。目の前の女性もみぬきちゃんの特技を知らなかったのか、わなわな震えながら愕然としている。途端に申し訳なさで一杯になってしまったオレは、気付けば口から懺悔の言葉が溢れていた。

「ご、ごめんなさい!止めようとしたんですけどついオレまで入っちゃって…」
「オドロキさんが開けろって」
「言ってないだろーがッ!」

 女性は息を吐いて安堵すると、「まぁ泥棒よりマシか」とカウンター裏のキッチンに入っていく。何やら諦めたような顔付きに日頃の苦労が間見えるようだ。
 それよりも挨拶だ。不法侵入という大胆極まりない行動をしでかしてしまったのでせめてそこはしっかりせねば。
女性は此方に背中を向けてゴソゴソしているが、オレは御構い無しに背筋を伸ばすと口を開いた。

「オレ、王泥喜法介って言います!よろしくお願いします!」
「声でか!?」

 びくりと肩を震わせて振り返る女性。隣から「ここで発声練習の成果見せるなんて大胆だねぇオドロキさん」と呟きが聞こえて内心しまったと思った。空回りしすぎて途端に恥ずかしくなるが、思っていた反応と違い、目の前の女性は可笑しそうに笑っていたのでオレは思わず思考が停止してしまった。

「ふふふ。元気が良くて感心感心」
「あ、えっと」
「オドロキくんだっけ。よろしくね。なまえです」

 にこりと微笑みを向けられると、先程の羞恥心と相まってオレは思わず赤面してしまった。なまえさんっていうのか…。その名前をまるで脳内に刻むように心の中で繰り返す。
 以前会ったとはいえ、殆ど覚えていなかったオレはこの瞬間初めて彼女の顔をよく見ることができた。濃すぎず薄すぎずな化粧に、上品な雫型のピアスがよく似合う、如何にもお姉さんといった雰囲気の女性。

艶やかなリップの色に、嫌でもドキドキしてしまいそうな魅力を持った人だった。


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