13.嘘に守られて星みっつ


「なまえちゃんとはよろしくやってるのかい?」

 お気に入りのグレープジュースを嗜みながら成歩堂さんが言った。
 今まで静かに証拠品と睨めっこしていた俺は顔を上げ、話題を振ってきた男を見やる。問い掛けてきた癖に本人はしっかりとテレビに見入っているものだから、一瞬聴き間違えかと思った。
 こういう時の成歩堂さんはちょっと苦手だ。表情が見えないから、心意が分からない。質問の意図が掴みづらいのだ。

「…仲良しかと聞かれるとまだ分からないですけど、よくしてもらってる…かな?」
「それは良かった。付き合いはまだ短いけど、彼女も大事な友人の一人だからね。部下とも良い関係を築いてくれて僕も嬉しいよ」
「はぁ…」

 何だか含みのある言い方につい横顔をじっと見ていると、視線に気付いた成歩堂さんがちらりとオレの方を見た。益々不可解な行動に首を傾げる。

「気付いてる?君、なまえちゃんからメール届く度に顔がニヤけてるの」
「え"ッッ」
「うわ、ほんとになまえちゃんからのメールなんだ」
「(か、鎌掛けられたぁ!)」

 衝撃に打ち震えていると、成歩堂さんが「ちなみにニヤけてるのは本当だよ」と止めを刺してきた。嘘だろ、そんな顔に出てたのかオレ…。
 ということはその情けない顔をみぬきちゃんにも見られている可能性がある。日常的に揶揄ってくる親子のことだ。裏でどんな話題が繰り広げられているのか、分かったもんじゃない。
 半ば絶望気味に頭を抱えるオレを余所に、成歩堂さんは楽しげにジュースの瓶を傾けている。いつもなら「酒じゃないんだから」とツッコンでいる所だが、今はそんな余裕すらない。

「みぬきから聞いたんだ。二人がいつもイチャイチャしてるって。娘の前で勘弁してくれよ〜」
「異議ありッ!!完全に誤解ですから!」
「じゃあ僕がお嫁さんに貰っちゃおうかな」
「んな!?そ、それは…」
「少なくとも気はあるってことだね」

 あー言ったらこう言うとはこのことだ。何も言い返せなくて歯噛みするオレに、余裕そうに笑っている男が今だけは憎い。お嫁さんに貰う?冗談じゃないぞ。みぬきちゃんからの情報で成歩堂さんには真宵さんって女性がいること、知ってるんだからな。

「とにかく!成歩堂さんが気にするようなことは何もないですから!」
「部下の恋路を応援したっていいだろう?」
「恋路って…まだそんなんじゃないないですし…」
「どうだかねぇ」

 探るような視線から逃げるようにまた証拠品を手にとる。まじまじ観察してるフリをするけど、脳内は焦りで殆ど何も考えていない。それすら奴にはバレてるんだろうなと思うと今すぐ逃げ出したい気持ちになった。

 自分でも分かっている。これだけ動揺しているのは、成歩堂さんの言葉が図星だからだ。
 爽やかに笑い飛ばして見せればいくらか誤魔化せたんだろうけど、そこまで気が回らない所がまだまだ半人前なんだと思い知らされる。こんな時、牙琉検事ならきっとクールに乗り切ってみせるのだろう。オーラのある笑顔が容易に浮かぶ。

「…彼女は、オレには勿体無いです」

 正直に言って、みょうじなまえという女性はオレでも分かるくらい綺麗な人だ。歳はそう離れている訳でもないのに、大人っぽくて優しげな微笑がよく似合う。それに加えて何でも卒なくこなしそうな器量の良さもある…かと思ったけど、マンホールで足を滑らせるようなドジを踏んだり、観客に押し潰されてオロオロ慌てていたり(オレも潰れて助けられなかったけど)、鈍臭い一面を持っている。
 男はギャップに弱いってのは強ち間違いではないのかもしれない。正に高値の花のような彼女が自分に対して頬を染めている姿を見た時は、都合のいい幻なんじゃないかとすら思った程だ。そんな可愛らしくもある彼女が一体どうしてオレに振り向いてくれようか。
 悔しいが、牙琉検事がなまえさんの手の甲に口付けた時はお似合いだと思ってしまった。それでも牙琉検事と付き合ってるかもなんて悪い冗談を言われた時にはショックが大きかったけど。

 恋と呼ぶにはまだ大袈裟かもしれない。でも確実に、オレにとって彼女はただのカフェの店長ではない。
 オレなりに距離を縮めようと色々試行錯誤しているし、自惚れでなければなまえさんからも好意を感じる。理性と本音の狭間で地味に葛藤しているのだ。

「オドロキくんが思ってる程、あの子はそんなできた子じゃないと思うけど」
「どういうことですか?」
 
 突然何を言い出すのか。今度はしっかり此方に向き直った成歩堂さんが顎に手を当てて考える素振りを見せる。

「言い方が悪かったかな。要は人は見掛けによらないって話だよ」
「と、言いますと」
「一見完璧に見えるけど、結構間抜けだよ?何もない所で平気で転ぶし、素直じゃないし意地っ張りだし、この前なんて買い物袋に穴が空いてるの気付かなくて歩く度に食材落としてたんだから」

 「あれは見ものだったねぇ」と言いながら笑い声をあげる成歩堂さんに、オレはぽかんと口を開けてしまっている。確かにそんなギャップにやられてしまったけれど、そこまで極端に抜けていただろうか?
 成歩堂さんはオレよりもなまえさんと付き合いが長いからその分彼女のことをよく知っている。けれど、その口から出てくる話はまるで近所の子供についてみたいな内容ばかりだ。

「驚いたかい?本当の話だよ」
「でも、そんな風に見えないですよね」
「そりゃあ”そういう風”に見せてるだろうしね。昔から見た目のイメージで期待されるから、最初からガッカリされない為に強気に振る舞っているみたいだよね」

 それじゃあ素はもっと別で、オレは、彼女の見た目に憶測で人柄を決めつけているって言いたいのだろうか。自然と眉間に皺が寄っていくのが自分でも分かる。
 知っているようで何も知らなかった自分自身と、まるで全てを分かってますとでも言いたげな成歩堂さんに憤りを感じる。こんな時でも子供っぽい感情を抱いてしまう自分が情けなかった。

「それで、成歩堂さんはつまりオレに何が言いたいんですか?」
「そんな怖い顔しないでくれよ。僕が言いたいのは、相手と比べて自分を卑下しなくてもいいってことだ。僕は君達がお似合いだと思うけど?」

 やっぱり、オレはこの人が苦手だ。そんな仄めかすような言い方しなくても、最初からそう言ってくれれば良かったんだ。若干回り道をしたけど、成歩堂さんの言葉を聞いて、オレは今し方覚えた感情に今度はどうしようもなく恥ずかしくなった。
 成歩堂さんは俯いたオレを見て呑気に「若いねぇ」なんて言って笑っている。若いで済むなら弁護士なんていらないだろう。

「嫌な態度とっちゃってスミマセンでした…」
「まぁまぁ。僕もちょっと揶揄いすぎたからおあいこってことで」
「オレ、なまえさんに釣り合うような弁護士になれるよう頑張ります!」
「うん?方向性それで良いの?」
「そうと決まればこうしちゃいられない。今からもう一度現場調査に行ってきますね!」

 そうだ。こんな所でうじうじ考えてたって仕方ない。王泥喜法介は大丈夫だ!
 今回の弁護も無事に勝利したら、頑張ってなまえさんをご飯にでも誘ってみよう。そう心に決めて、オレは大声で「行ってきます!」と叫んでから事務所を飛び出した。

「え、あ、行ってらっしゃい」

 ポツリと取り残された成歩堂が呟く。誰もいなくなった静かな事務所で、「若いなぁ」と独り言ちながら天井を仰いだ。


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