本当は一つ分しかなかった。
けれど、そんな事実を覆した二つに、人々は喜び、そして涙する人もいた。
それは、今より後のことだけれど。
「リティル」
「ティ、ア?」
「ほら、行って?」
「でも」
「貴女が一番、彼を信じていたでしょう?」
切なげに笑ったティアに、私は何も言えなかった。ごめん、なんて言葉は失礼だし、違う。
「ありがと、行ってくる」
「リティル、」
「ナタリア」
瞳に零れそうなくらい涙を溜めているナタリアに手を捕まれて、足早に、進む。そんなに遠くはないはずなのに、やけに遠く感じる距離がもどかしい。
「アッシュ、ですわね?」
「…あぁ」
「っ、ずっと、ずっと待ってましたわ」
縋り付くようにナタリアが抱き着いたのは、二つの内の濃い色の紅。零れおちた涙を親指の腹で優しく拭って、ぎこちなくも口元を緩ませた紅とナタリアは、見つめあって。すごく、すごく幸せそうだった。
「ただいま、リティル」
「遅いわよ、馬鹿」
「うわ、帰ってきて早速それかよ」
きっついなーと紅よりもオレンジに近いような、朱色が笑う。この時を、私は待ち望んでいた。目の奥が熱い。込み上げてくるのは悲しいとか寂しいとか、そんな感情じゃなくて。
嬉しいとか愛しいとか、そういった感情で。泣きそうだ、と思ったときにはもう、一筋ではあるが涙が流れていた。
其れに肩を揺らした朱色に、もう遅いがこれ以上見られまいとくるりと背を向ける。
がさがさと歩く度に揺れる草の音しか聞こえなくて。帰ってきた朱色に見られる最初の顔は、笑顔がいい、なんて思った私は、ごしごしと赤くなるかもしれないなんて気にせずに目を擦った。
「リティル、」
「…なに」
「顔、見せてくれよ」
「やだ、まだ駄目」
擦っても擦っても、涙は溢れてくるばかりだ。見られたくない。
「無理、こっち向けよ」
「やだってば」
「頼むから、顔、見せてくれ」
掠れた声が聞こえた。
ゆっくりと振り返ると、あの時みたいに眉を下げて、情けなく笑っている朱色がいた。
「情けない顔してるわよ」
「仕方ないだろ、」
一歩、一歩と近付いてくる朱色に、嬉しいはずの私は同じように一歩、一歩と後ずさる。
「逃げるなって」
「…だって」
「好きだよ、」
「な、に急に」
「お前は?」
「っ…!」
はは、と笑う朱色。私は、どう答えたらいいのかわからず目を泳がすばかりで。す、と朱色があと1歩の距離まで来たときには逃げられないと悟った。
「捕まえた」
「…あっ、」
朱色に抱きしめられたと気付くのに時間はかからなかった。私の肩に顎を乗せながらも耳元で話す朱色にくすぐったくなって、見をよじった。
「聞かせてくれよ、約束だっただろ」
「う…、や、あの」
腰に手を回されて、逃げ場がない。顔をそらそうと思ったけれど、ヘタレのくせにちゃっかり後頭部を片方の手で押さえていたし、視線を外すくらいしかできなかった。
「リティル」
「なによ」
「お前に会うために、帰ってきたんだ」
「…そう、」
「確かめたいことがあったんだ」
朱色は、切なげに瞳を揺らしていた。何故かわからなかった私は、ゆっくりと朱色と見つめ合い、言葉を待つ。
「リティル、幸せか?」
「……さっきまでね、」
「え?」
「さっきまでは、幸せじゃなかった」
「リティル、」
「アンタが帰ってきたから、だから、私しあ…んんっ」
最後まで言う前に奪われた唇。がつん、と歯があたって痛い。けれど、けれど。
「好きだ」
「…知ってる」
「、リティルは?」
あの時と同じ会話、けれどあの時は違う私達。朱色は、不安げに問う。
馬鹿、馬鹿ね。
優しいのも、馬鹿で、ヘタレで、ネガティブで、人に甘えられないお子様だって、全部ぜんぶ知ってる。
けど、私は
「そうね、もう一回キスしてくれたら、いうわ」
「…いくらでもする」
おかえりなさい、
私の一番愛しい人
(ルーク、大好きよ)
20120123
久々更新はルーク短編の続編です。
なんかシリーズ化しそうだったりしてます実は←
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