今日は久しぶりに凛とデートの日。
凛は部活で忙しい上に寮生活であまり自由な時間がないので今回のデートは実に一カ月ぶりであった。
同い年の子たちは週に一回、時間があれば毎日一緒に登下校する子もいる。
それが羨ましくないと言ったら嘘になるけど不満はなかった。
私は凛が夢のために一生懸命頑張っているのが好きだし、そんな凛だから好きになった。
メールも電話もまめにしているがやはり会える喜びには敵わない。
久しぶりのデートということで思わずおしゃれにも気合いが入ってしまう。
まだ慣れない少し高いヒールも、頑張って巻いた髪の毛も、全部全部今日を思えばこそ。


「(早く凛こないかな)」


少し早く着いてしまった待ち合わせ場所で凛を待つ。
近くの時計で時間を確認する。
あと十分くらいかな、と思ったところで携帯が鳴った。

凛からだろうかと思いすぐに携帯を開く。
受信したメールを開き、目にした内容に思わず固まった。


「First name、もう来てたのか」


携帯に視線が釘付けになっていると凛がやってきた。
ずっと待ちわびていたのに、いまはその声が聞きたくない。


「First name?」


反応しない私に首をかしげる凛。
顔を覗きこもうとするがそれより早く顔を持ち上げた。


「帰る」

「は?」


間の抜けた声を出した凛など気にすることもなく来た道を戻る。
私が本気であることに気が付き、凛は慌てて腕を掴んだ。


「なに言ってんだよお前、いま来たばっかだろうが」

「触らないで」

「はあ!?」


何故First nameが怒っているのか、訳が分からず思わず腕を掴む手に力が入る。
だがそれに臆することなくFirst nameは続けた。


「凛の顔なんてみたくない」


思いもよらぬ強い拒絶の言葉に流石の凛も驚きを隠せない。
強く腕を払い、凛の手からすり抜けるとFirst nameはそのまま自宅へと帰ってしまった。

帰るや否や携帯の電源を落として部屋に籠った。
きっと凛から電話やメールが着ているだろう。
だけどどうしても携帯の電源を入れる気にはなれず、その日を終えた。

翌日も、そのまた翌日も、凛からメールが着ていた。
最初は強い調子であったメールも日を追うごとに文面が弱々しくなっている。
罪悪感はあるもののそれでも返信する気にはなれず、見て見ぬふりをして鞄へと押し込んだ。

それから一週間が過ぎた頃


「First name」


放課後、ホームルームも終わり帰り支度をしていると不意に名前を呼ばれた。


「真琴、どうしたの?」


真琴とは小学校からの顔見知り。
所謂幼馴染という関係にあたる。
最近は部活が忙しくあまり話す機会がなかったから久しぶりに声をかけられて少し驚いた。


「もう帰るの?」

「うん。そのつもりだけど…あ、今日手伝いいる?」


私は時折マネージャーの真似事をしていた。
真琴と遙は幼馴染だし、江ちゃんは凛の妹ということでほとんどが知り合い。
そのため水泳部には時折助っ人として手伝いに行くのだ。
部員がまだ少ないとはいえ、江ちゃん一人でマネージャー業を行うのは大変だろう。
天方先生は…あまり手伝ってはくれないようだし。

だが真琴はやんわりと首を振った。


「いま正門の前に凛が来てるんだけど…」



その名前に私はあからさまに嫌な顔をした。
私と凛が付き合っていることは水泳部の全員が知っている。
彼氏の名前を耳にしてここまで強烈に嫌な顔をするのも珍しいだろう。
真琴は苦笑いを浮かべていた。


「ホームルーム終わったら連れてきてくれって、さっき頼まれちゃって」

「分かった真琴ありがとう」


早口で礼を言うと私は鞄を掴んで帰ろうとした。
だが直ぐに真琴に肩を掴まれて止められる。


「ちょっとFirst name、何処行くの?」

「帰るにきまってるじゃん」

「どこから?」

「…裏門から」


多分私が凛と会わないように帰ろうとしたことを真琴は気づいてしまったのだろう。
そのまま腕を掴まれ先導された。


「嫌だ真琴離して!」

「駄目だよ。凛ずっと待ってるんだから」

「私は会いたくない!」

「会いたくないならちゃんとその理由を凛に説明しなよ」

「顔も見たくない!声も聞きたくない!」

「俺だってもう凛の声は聞きたくないよ」


ぎゃんぎゃんと喚き拒絶の意を表していたのだが不意にもれた真琴の言葉に私の言葉はぴたりと止まった。


「…どういうこと?」


尋ねると真琴は短くため息をついた。


「先週の日曜日、凛とデートだったんだろ?」

「うん…」

「でも待ち合わせ場所に行ったら突然怒って帰っちゃうし、その日から電話もメールも返ってこないから凛へこんじゃって…。毎日どうしようって電話で俺に相談してきてたんだよ」

「そう…」


プライドの高い凛が毎日真琴に相談していたなんて…
想像もしていなかっただけに驚いた。


「だからほら」


真琴が指した指の先には彼がいた。
白い学ランはよく目立つ。


「行ってきな」


ぽんと軽く背中を叩いて真琴が見送ってくれた。
本当はまだ凛と話す気持ちになれなかった。
だけどこれ以上真琴に迷惑はかけられない。
真琴のためだ。
そう言い聞かせて、彼の元へと歩いていった。


「凛」


名前を呼ぶと弾かれたように顔を上げた。
眉が寄っていて、その表情は少し情けなかった。


「First name…」

「ここじゃ落ち着いて話せないから、付いてきて」


学校のすぐ近くにある公園。
そこに場所を移し、空いていたベンチに腰をかけた。

だがお互い口を開くことはなく、沈黙が流れる。
聞こえてくるのは遠くで走る車の音や遊んでいる子どもたちの声。


「ごめん」


先に謝ったのは凛だった。


「お前が何に対して怒ってるのか、いくら考えても分からなくて…でもお前はわけもなく怒ったりするやつじゃない。多分…おれが何かしたんだと思う。だから…ごめん」


思い当たる節がないのに先に謝ってくれたのは凛の優しさだ。
きっとこの一週間一生懸命私が怒った理由を考えてくれたのだろう。
だけど、私はまだ許せなかった。


「本当に分からないの?」

「わりぃ…いくら思い返してもっ!」


凛の言葉を遮って私は携帯を凛に突きだした。
そしてそこに表示された画面を見て凛は大きく見開いた。


「な、なんでこれっ!」

「ほら、思い当たるじゃない」


ガラケーからスマートフォンに変えて以前より利便性は増したけれどもこういうとき不便だな、と思う。
以前の携帯なら気に食わないことがあったときへし折ってやれたのに、この一枚構造の端末ではせいぜい液晶にひびを入れる程度しか出来ないだろう。
そんなことを思いながら私は再度自分の携帯に視線を移した。

そこに表示された画像。
それは先週私が凛を待っているときに送られてきたもの。
場所は鮫柄の正門付近。
凛が、知らない女の人とキスをしていた。


「凛、私とはまだキスしてないのに、他の人とはするんだね」

「ちが、これは!「私は!」


凛の言葉をFirst nameが強く遮る。


「たとえこの先別れることがあったとしても、手を繋ぐのも、抱きしめるのも、キスするのも全部はじめては凛がいいって思ってたのに!…凛は、そうじゃなかったんだね」


それまでずっと強い語調で話していたFirst nameの言葉が最後になって弱くなった。


「…もういいよ」


じゃあね、と言ってFirst nameは立ち上がった。
ここで帰してしまってはもう二度と元には戻れない。
頭で考えるより早く凛はFirst nameを引きとめた。


「ちょ、First name!」


腕を掴み引きとめる。
だが振り返らせたところで凛はぎょっとした。
彼女はどちらかと言えば気が強い方だった。
弱みを言ったことなど数えるほどしかない。
そんな彼女が…


「泣いてるのか?」


唇を強く噛みしめ、静かに涙を流していた。
しかし凛が尋ねると強く威嚇するかの如く睨みつけた。


「当たり前でしょ。裏切られたんだもの」

「ちが、だからあれは「本当は、もっと一緒にいたい!一緒に登下校したり、毎週一緒に出かけたり、お昼ごはん一緒に食べたり、本当は同じ学校に通いたかった!でも凛が水泳に一生懸命なのはわかってるし、水泳留学してたのに編入先が水泳部のない岩鳶じゃ意味ないのも分かってたし、水泳の強い鮫柄に編入するのも当たり前のことだって分かってるけど…それでも…我慢してられたのは……凛が好きだから…だったのに…」


言うまいとしてきた思いが溢れだす。
そもそも言うつもりなどなかった。
そんなことを言っても凛が困ることが分かっていたからだ。
それでも周りの友人が楽しそうに毎週のデートの様子を話したり、彼の分のお弁当を作り一緒に食べる様を見ていると、どうしても羨まずにはいられないのだ。

First nameが抱えていた不満や不安を聞き、凛は面を食らった。
そこまで自分のことを考えて黙っていてくれた彼女をここまで傷つけてしまったことに、罪悪感は更に募った。


「First name、本当にごめん」


肩を震わせながら泣き続けるFirst name。
あやす様に肩を優しく摩りながら凛は続けた。


「言い訳にしか聞こえないかもしれないけど、聞いてくれるか?」


穏やかな口調で問いかけると、First nameは小さく頷いた。


「十日くらい前、突然呼び出されてその女に告白された。付き合ってるやつがいるからって断ったんだけどなかなか引きさがらなくて…そしたらいきなりお前のこと引き合いに出されたんだよ。一つだけ、言うこと聞いてくれたらそのまま大人しく引き下がる。でも聞いてくれないなら、お前に何するかわからないって…」

「それで…キスしたの?」


話しの筋が読めたところで涙を拭いながら凛の顔を窺った。
すごくつらそうな顔。


「…わりい」


そう言って凛はFirst nameの肩に額を当てた。
本当に泣きたいのは凛の方だ。

そっと凛の肩に触れ、抱き寄せる。


「ごめんね、凛」


肩に頭を預けたまま、凛は首をふった。


「酷いこといっぱいいっちゃってごめん」

「お前のせいじゃねぇよ」


声がすこし震えている。


「連絡しないで、不安にさせちゃってごめん」

「俺も、いつも我慢させてわりぃ」


肩が少し冷たい。
凛が泣いている。


「私にもキス、してくれる?」


ゆっくりと顔を上げた凛は案の定涙を流していた。
手を伸ばして優しく拭うと少しだけ表情が優しくなった。


「こんな俺でもいいのか?」

「凛がいい。凛じゃなきゃ嫌だよ」


少しだけ背伸びをして、そこで私たちは初めてキスをした。
初めてのキスは、少ししょっぱい涙の味がした。





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