顔がくすぐったくて目が覚めた。
少し間抜けだ。
【腕の中のブルーローズ】
鼻を擽(クスグ)る何かがあった。
くすぐったいけどどこか良い香りがする。
寝具から香っているのでないのは確かだ。
「………?」
睡魔が身体を支配している中、瞳に被さる重たい瞼を押し上げる。
眼前に広がる見慣れない景色に寝起きの頭は付いていけなかった。
「…玲二?」
私が玲二の胸に抱かれるように眠り、彼は私を抱きしめるのが常である。
だが今日は違った。
なんとも言えないむず痒さに目線を下げると丁度私の胸にうずくまる様に眠っている恋人がいた。
彼が私に抱きついているのだ。
私の腰に手を回し、彼の頭は私の顎より下に位置する。
恋仲となり、共に床に就くことも増えたがこんなことは初めてだった。
「(疲れてるのかな?)」
度重なる加藤機関との衝突。
他のファクターは学生ばかりで統率するのも一苦労だろう。
特務室室長という肩書を背負うのは一筋縄ではいかないことは彼の生活を傍で見ていて嫌というほど実感している。
「(たまには甘えたくなるよね。)」
眼前にある彼の黒くしなやかな髪を一撫でした。
15歳でファクターになって、信じていた人も家族も失って、ずっと彼は一人で歩き続けてきたのだ。
たった一日で変わってしまった世界の中で。
暗転した世界を一人で享受して。
彼の背負っているものの大きさを改めて実感して愛おしさが増した。
もっと甘えてほしくなった。
もっと弱音を言ってほしくなった。
でなければ彼が壊れてしまいそうだ。
ずっと、ずっと彼が一人で抱えてきた現実はあまりにも大きすぎて不安になった。
玲二が崩れてしまいそうな気がした。
玲二が遠くへ行ってしまいそうな気がした。
そんな現実に私は堪えらるだろうか。
彼が大切な人を失ったように私も彼を、大切な人を失ってその世界の中で生きていけるだろうか。
無理だ。
玲二を失うことなど夢であっても耐えられない。
明日にでも現実になってしまいそうな想像に寒気がした。
妄想の中の不安に駆られ、自然と彼を抱きしめる腕に力がこもる。
彼は今確かにここにいるのだと確認せずにはいられなかった。
「……む。」
腕の中で小さく唸る声が聞こえた。
「(やばっ!)」
力んでしまい彼を起こしてしまったかと思ったが少しするとまた規則正しい寝息が聞こえ安堵した。
ゆっくりと息を吐き、腕の力を抜く。
私と玲二の間に再度一定の距離が生まれたがその空間もすぐ埋まった。
今度は彼が寄り添ってきたのだ。
「……First Name。」
距離を詰めると共に彼の口から漏れた寝言。
小さな声だったが、確かに私の名前を呼んでいた。
その事実が嬉しくて思わず口元が緩んでしまった。
容赦のない、恐ろしい現実の中に彼はいた。
しかし玲二はそれを乗り越えて今ここに居る。
彼の芯の強さを改めて感じた。
でも…
「もっと頼っていいんだよ。」
疲れたときは甘えてほしい。
苦しいときは泣いてほしい。
厭きれたり、嫌いになったりなどしない。
もう一人ではないのだから。
彼の頭に腕を回し、更に強く寄り添った。
どうかこれからは彼にとって少しでも穏やかな日々でありますように。
苦しかった過去も、辛い思い出も、痛々しい傷痕も、いつか癒えますように。
穏やかに眠る玲二の顔を見て私も再度眠りについた。
【腕の中のブルーローズ】
(ずっと、この腕の中で咲いていて)
***
朝チュンが、好きだ!!
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