ホームルームが終わって荷物を手に取る。とりあえず轟くんの後をついて行けば良いのかなって思っていたが、轟くんはそわそわしていてなかなか教室を出ない。
「どうしたの?」
「先に謝っておく……ごめんなさい」
何がだろう、と思ったけど「う、うん」とだけ返してやっと教室を出た。野球部の部室ってどこなんだろうと思ってそのままついていけば、途中でミッシーマくんたちとも合流した。
「みょうじ!マジで来てくれたんだな!」
ミッシーマくんはフハハと個性的な笑い方をしながら歓迎してくれた。もう一人一緒にいた秋葉くんには「はじめまして」と挨拶をしたが、「朝はごめんね」と言われたのであの場にいたのだろう。わからなかった。
四人でまだいまいち構造を把握しきれていない校内を歩いていると野球部の部室にたどり着いた。
「じゃあ、俺らは着替えるから」
部室を目の前にしてそう言われてからはっとする。
「私もジャージとかあったほうがよかったかな?」
「仮入だしいいんじゃねえの」
「どうだろ、先輩に聞いてみる?」
ミッシーマくんと秋葉くんが口々に言う。その横で轟くんが開いていた部室のドアからは声を聞きつけて先輩たちが「なんだなんだ」と出てくる。
「一年生が女子連れてきた」
「女子!なんで!?」
「あ、朝の子だ!」
誰が誰かもわからないままにただただ会話を見守る。私は『朝の子』でまかり通ってしまうんだな、となんとも言えない気持ちになった。着替え終わった部員たちがわいわいと部室から出てくるため、みんなにまじまじと見られる。どうしたらいいんだよ、と思ってとりあえず口を開く。
「あの、マネージャー志望も着替えたほうがいいですか?」

「マネージャー?」
監督の声が校庭に響く。整列した選手の横にちょこんと立って様子をうかがう。
昨日、顧問だと思っていた人は監督だったらしい。「今日はとりあえず制服のままでいいんじゃないかな」なんてそのまま校庭に連れてきてくれた先輩たちがさっと監督を囲んでなにか説得を始めた。「募集してたか?」なんて聞こえてきて、もう帰りたい気持ちになる。「でも昨日」とか「雷市が」とかなにか断片的に聞こえた後に「そういえばマネージャーも募集していたな」なんてわざとらしく聞こえるように言われた。わざとらしく聞こえたのは私の主観だが。
本当だろうかと少し疑うが、
「まあ、マネージャー志望は今日は練習見ていく感じで」
と言われる。他の選手が練習の指示を受けるのと同様に「はい」と返事をした。
準備とかのために各自が校庭に散っていくのを眺めながら、邪魔にならない位置に移動する。横に人が来たので、ここも邪魔なのかと思ってさらに移動しようとすれば声をかけられた。
「よ、仮入来てくれたんだな」
びっくりして顔をあげれば、朝のさわやかイケメン先輩が立っていた。
「あっ、はい!」
「雷市に誘われてたのか?」
「いや、轟くんにって言うか三島くんにって言うか……」
「ははは、そうか」
ほぼ初対面なのに会話しやすくて、男女ともに人気のありそうな人だなと改めて思う。やっぱり私とは何かが違うすごい人なんだろうな。
「真田の知り合いなのか?」
新たに増えた声は監督さんで隣の先輩にそう話しかけた。真田先輩って言うんだということすら今知ったので首を横に振る。
「ふ〜ん」
そう言いながら監督はベンチにどかっと座る。
「朝、この子が三島に絡まれているの助けたんすよ」
「あいつ何してんだ?」
入部早々、三島くんは名前を覚えられているんだな。イメージしていた高校野球の監督の厳格なイメージと違って、この監督さんは表情豊かに真田先輩と気さくに会話している。
「さあ……でも、この子、え〜っと名前なんだっけ」
「みょうじなまえです」
「みょうじちゃん連れてきたの雷市と三島ですし」
本当にその通りで偶然しゃべっているようなものなんです、と頷く。
「そう、それなんだけどよ」
急に真面目な顔になって監督がこちらを向く。なんだろう、ここにきてマネージャーは募集していませんでした、とか言われるのかな。でもそれは三島くんが悪いんだけど。
「な、なんでしょうか」
「雷市とはどういう関係なんだ?」
なんだろうこのデジャヴ感。雷市くんはそんなにいろんな人に交友関係を気にされるような人なのかな。まあ、確かにクラスではあまり会話にも入ってこないし大人しい子ではあるけど、まさか部活の監督にまで心配されているとは。
「……ただのクラスメイトです」
そう回答する私の横で真田先輩は腹を抱えて笑っていた。
「監督、それ朝の三島とおんなじことしてますよ」
「あ!?だって雷市が連れてきた女子だぞ?父親として気になるのはしかたないだろ?」
「まあ、そうっすね」っと言いながらもまだ笑っている真田先輩を横目に私はあるワードに口をあんぐりさせる。
「父親!?」
「雷市から聞いてないのかよ。雷市もミッシーマも秋葉も俺が薬師に連れてきたんだぜ」
ドヤ顔でそう言われても、それ以前の情報が処理し切れていないのだからどうしようもない。親子、そういわれれば似ているような、いやでも似ていないような……。
「クラスメイトかぁ、まあでも仲良くしてやってくれよ。あいつ友達とか作るの苦手みたいだからな」
父親として心配しているのなら仕方ないだろうな。まあでも、三島くんとか秋葉くんみたいに友達がいるなら時間の問題なんじゃないのかな。そう思っているのが顔に出ていたのだろうか、
「クラスのイメージとは違って驚くかもな」
そう真田先輩が言う。
どういう意味なんだろう。そう思って聞こうとしたが、真田先輩も準備を手伝いに行ってしまった。
仮入部の一年生は集められてなにか説明を受けているようだったが、本入部済みの轟くんをはじめとした今日知り合ったメンツはもう別で練習に混ざっているようだった。どこにいるんだろうとキョロキョロしていれば、轟監督がそれに気付いたらしく「雷市ならあそこだぞ」と指をさす。その先を見てみれば素振りをしている轟くんがいた。その様子は純粋に楽しそうで、教室のおどおどしている姿とは違っていた。
真田先輩の言っていた意味がわかった気がして、「なるほど」と呟く。
いつもは遠目に見ていた校庭に立ってみると、いままでとは見えているものも違っているような気がする。運動部の活気とは無縁だと思っていたが、マネージャーという関わり方もあるのか。
「野球、好きなのか?」
やっとベンチから立ち上がった轟監督にそう問いかけられた。
「え〜っと、いや、実はそんなに詳しくもないです」
「ふ〜ん、なるほどね」
ちょっと考えるようなそぶりを見せてから言葉を続ける。
「まあ野球でもなんでも好きになるタイミングは人それぞれなわけだからな、それが今でもいいんじゃねぇの」
てっきりマネージャーは向いてないとか言われるのかと思っていたが、まさか肯定してくれるとは思わずきょとんとする。
「まあ、よく見ていって考えな」
冗談とかのつもりはなかったけど、やっぱり選択肢になりかねていた『野球部のマネージャー』が段々と自分の中で大きくなっていくことを感じた。


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