(1)動き出す春



暦の上では、すでに春だった。
しかし、まだ空気は冷たく、上着やマフラーが欠かせない気候だった。
息を吐けば白くなり、悴む手を擦り合わせて温める。

それでも春は確実に近づいてきている。
上を見上げれば、桜の蕾が大きくなっていることが確認できた。
いつでも開花できるよう待ち構えているようだ。
地面を見れば、たんぽぽが黄色いその花びらを明るく見せていた。


いつもより気温が高く、暖かさを感じたその日、ナルトとヒナタは綱手に呼び出された。
長期任務から帰ってきてばかりで、ナルトはへとへとだった。
少しくらい休ませろ、とブツブツ文句を吐きながら歩くナルトをヒナタは宥めた。
ヒナタも同じ任務に就いていたので、彼の気持ちはわからなくもないが、火影命令となっては仕方がないと割り切っていた。

「だーもう!せっかく、気兼ねなくヒナタとイチャイチャしようとしたのにさ!綱手のばあちゃん、空気を読めってばよ」

「仕方がないよ。人手不足もあるし、ただでさえナルトくんは綱手様の補佐もしているのだから、人の2倍働いているし…。……それに私は、ナルトくんと一緒にいるだけで幸せだよ」

そう恥ずかしそうに微笑むヒナタをナルトはバッと抱き付いた。

「ヒナタ〜、オレもヒナタと一緒にいるだけで幸せだってばよ!」

「うん、ありがとう…」

例え人通りの多い道のど真ん中であっても、ナルトは気にせずヒナタに抱き付く癖があった。
最初は、お互い恥ずかしがりながら、やっと手を繋いで歩いている状態であった。
初々しいようすは里の人々の心にも安らぎをもたらしていた。

第四次忍界大戦の英雄と彼を立ち直らせたくノ一のカップルは、大変目立つもので、どこへ行っても人目についた。

その2人を里の人々はこぞってはやし立てていたが、それはそう長く続かなかった。
手を繋ぐ様から今度は腕を組む姿に発展していって、そしてナルトがべったりヒナタの肩を組むように変わっていった。

初々しいほんわかした雰囲気が、次第に甘くねっとりした雰囲気を醸し出し、さらにはナルトがヒナタに近づく男どもを威嚇し始めたのだ。

甘すぎる空気と嫉妬丸出しの彼の視線に中てられ、人々は耐えきられなくなってしまった。
誰が言い出したかはわからないが「木の葉のバカップル」という言葉が、囁かれた。

それはもちろんナルトとヒナタの耳にも届いていた。
しかし、ナルトは「褒め言葉」として受け取ったらしく、態度を変えなかった。

恥ずかしさのあまり、外へ出たくない、とヒナタが抗議して、やっとナルトは露骨な威嚇や人前での肩組みを控えた。

ただし、突然抱き付くことはやめてくれなかった。
ヒナタももう諦めていて、されるがまま抱きしめられることにした。



火影室のある建物に着いて、やっとナルトはヒナタを解放した。
しかし、離れたくないのだろう、手を繋いで彼女を一瞬たりとも離そうとしない。

「相変わらず、バカップルね」

「ここは本来厳正な場所だと思ったのだがな」

背後から男女の声がして、ナルトとヒナタは振り向いた。
テンテンとシノが呆れ顔で(シノは顔がほぼ隠れていて表情は分からないが)、立っていた。

「バカップルで何が悪いんだってばよ?オレはせっかくのヒナタとの甘〜い時間を邪魔されて機嫌が悪いんだよ」

「ちょっとー?火影命令にそんなこと言っていいの?」

「これから大事な任を言い渡されると仰っていたぞ。何か大出世するかもしれないというのに、お前はヒナタも巻き込んで左遷されたいのか」

「それは絶対に嫌だ!ヒナタ、お前を巻き添え死たくねぇ。すまねぇけど少し離れるから…な…?」

あたふためくナルトを宥め、ヒナタは苦笑いして、説明した。

「ナルトくん、これはシノ君の冗談だから…」

「へ?……んだとぉ!?」

ナルトがシノに飛びかかろうとするのをヒナタとテンテンが2人掛かりで抑えた。
彼が本気を出せば、簡単に2人の腕から抜け出すことはできたはずなのだが、そうしないということは本気で怒っているというわけではないようだった。
彼もやり過ぎた、と反省しているのかもしれない。

「…まぁ、公の場では慎みを持てというわけだ、さあ行くぞ」

そう言って、シノは先に火影室へ歩いて行った。



「そういやぁ、なんでシノとテンテンもここにいるんだ?」

ナルトが不思議そうに聞いた。

「恐らく召集された理由はお前たちと同じだろう、しかし内容までは知らない。なぜな」

「あたしも詳しくは知らされていないんだよね。どうやらあたし達4人だけらしいよ」

「合同任務で一緒になることはあったけれど、この4人で、というのは初めてですよね」

「任務かぁ。したいのは山々だけど、少しくらい休ませてくれってばよ…」

肩を落とし、火影室の扉を開いた。
窓を背に、綱手が座って待ち構えていた。

「遅いぞ。なにをやっていたんだ」

「すみません、綱手様。ナルトとヒナタがラブっていたので」

「テ、テンテンさん!?」

悲鳴を上げて、ヒナタは慌ててテンテンの口を塞いだ。
もごもごとヒナタの手を除けようと抵抗するテンテン。
しかし、ヒナタも必死に彼女の口を開けないよう奮闘した。

その様子から大方の予想がついた綱手は溜息をついた。

(相変わらず、この2人は…)

綱手が初めてナルトと会ったときは、彼はまだ力も精神的にも幼かった。
しかし、16の時、暁との戦い辺りから急に精神的に大人になって行き、人々の心の支えになるまでになっていた。

そんな彼でも落ち込み迷うことが多々ある。
それを支える存在がヒナタだった。
普段、男らしくビシッとしていても、彼女の前ではまるで子供のように甘えている。

ナルトの精神的な支えになっている彼女もまた、昔と比べて格段に成長していた。
綱手が知る最初のヒナタは自分にいつも自信がない様だった。
しかし、ナルトが成長し出したと同じころ、彼女もまた己を高めていた。

数々の苦難を乗り越えて、今の二人がいる。

孫の成長を見ているようで、綱手は無意識に顔をほころばせていた。
コホン、とシズネが軽く咳払いをした。

(…ハッ!いかんいかん、なに物思いに耽っているんだ)

「コホン…えー…お前達」

4人は姿勢を正した。
散々文句を言ったナルトも、緊張した場面になれば相応の態度に改まるようだ。

「うずまきナルト、日向ヒナタ、油目シノ、テンテン」

名前を呼ばれて、それぞれ返事をした。

「お前達4人を呼び出したのは他でもない。ある重要な任に就いてもらうためだ」

ごくりとナルトが唾を飲む音が聞こえた。
緊張が走る。

綱手から言い渡された指令に、ナルト達は驚愕した。
表情には戸惑いがあったが、それでも強い意志が見えた。

「…どうだ?今はまだ早いかもしれないが、いずれ就いてもらわなければならない。指名されたからと言って、任された部下を必ず受け持つわけでもない。それはもう経験済みだろう?」

「あ、ああ」

「すぐにでなくてもいい。三日後に、答えを聞こう」

綱手は退室を促すと、ナルトは綱手に歩み寄った。
怒った様子でも、悲しい様子でもない。
目を輝かせ、やる気満々な、光る眼をしていた。

「三日後の猶予もいらねぇってばよ!」

バンツと机を勢いよく叩いた。

「その任、受けるってばよ!!」





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