まっすぐ曲げない強さ



「ハナビ、ヒナタ。」

!?

朝食の場、父様が口を開くことは珍しくて。

「ハッ!」

「はっ、はい!」

呼び掛けられる事なんてほとんどなくて、驚いて返事が遅れてしまった。

「明日、日向の相談役との会合があるのは知っているな。その席でハナビとヒナタの手合わせを披露する。」

「ハッ!」

「はい…。」

ハナビとの手合わせ。

考えただけでも逃げ出したくなるなんて…。

全ては、弱い私がいけないってわかっているのに…。


憂鬱な気持ちのまま、アカデミーの門をくぐって教室に入ると、みんなの元気な声に、少し気持ちが救われた気がした。

「やっと明日から夏休みよね!」

「そうそう!プール行って、お祭りもあるし、すごい楽しみーっ!」

そっか…、明日から夏休みなんだよね……。

ナルトくんに会えなくなるんだ……。

いつも、たとえ上手くいかなくても、まっすぐ強い想いを胸に、前を見据えて頑張る姿に元気をもらってて…。

会えないってわかったら、ますます気持ちが沈んでしまう。

「はい、みんな席に着けー。今日は夏休み前の総まとめをするぞー。」

「はっ!抜き打ちかよ。まぁ、キバ様にかかりゃあ、なんて事ねーがな!」

「傲りは良くない。何故なら、傲慢さが判断を誤らせる事もあるからだ。」

「そうだな、シノの言うことも間違ってはないが、時に大胆な判断が必要な事もあるぞ。」

「へへーっ!だろっ!イルカ先生、中々良いこと言うじゃねーか!」

「傲慢過ぎるのも勿論良くないぞ、キバ。」

「けっ!つまんねーの!」

少し大胆にふてくされてみせたキバくんに、クラスの中が笑いに包まれて。

けど、いつもだったらこういう場面で、話に加わりそうなナルトくんは笑っていなくて。

ナルトくん、どうしたのかな…。

「じゃあ始めるか。出席番号一番、秋道チョウジ、前へ!」

「えぇー。名前が『あ』から始まるのって、いつも一番に指名されるから、ちょっと損だよねぇ。」

また笑いが起こるけど、ナルトくんは表情を変えないままで。

何かあったのかな、ナルトくん……。

「じゃあ次、うずまきナルト、前へ!」

「おうっ!オレの華麗な忍術を、みんなの目に焼き付けてやらぁ!!」

あっ…。

少し強がっている時のナルトくんだ。

夏休み前の総まとめ忍術は変化の術で。

いつも頑張っているのを知っているから、今日こそはその頑張りが実を結びますようにって、机の下でぎゅっと手を握りしめて祈った。

「…変化っ!」

ボワンと煙が立ち込めて、現れ出たのは似ても似つかないイルカ先生の姿で。

クラス中から笑いが起こる。

「ヒャーッハッハーッ!その変化、ある意味天才だよな!」

「やろうと思っても真似出来ねーよ!」

やめて。

そんな風に言わないで!

心の中では叫べているのに、声に出す勇気がなくて…。

野次が飛び交う中、イルカ先生が口を開こうとしたのを、元の姿に戻ったナルトくんがスッと先生を遮るように手を伸ばして牽制して、まっすぐに前を向いた。

「お前ら、笑ってられんのも今のうちだってばよ!オレはこの里の火影になるんだからな!覚えときやがれ!!」

嘲笑を受けながらも、逃げ出さずに席に戻る姿が凛々しくて。

どうしてナルトくんは、こんなにも強い人なんだろう…。

失敗をしても、まっすぐに前を向いて、自分の信念を曲げない強さを持っていて。

そんなナルトくんを見ていると、いつも簡単に折れて挫けてしまいそうな私の心が、頑張って前へ進まなくちゃって思えて元気になるの。


夏休み前、最後のアカデミーは、午前中で終わりを迎えて。

「ヒャッホーッ!やっと夏休みに突入だぜ!お前らどっか行くのか?」

「んふふ、ボクはねー、家族で食べ放題のバイキングに行くんだー。」

「オレは暑いしダリーからどこも行かねー。家でゴロゴロしながらオヤジと将棋でもしてるぜ。」

「…オレは一族総出で、この時期にしか出会えない蟲の収集に、木ノ葉渓谷へ向かう。」

「へーっ、シカマル以外はみんな忙しくしてんだな!ちなみにオレは、家族で海に行ったりキャンプしたりすんだぜ!」

楽しそうに夏休みの計画を語りながら教室を出て行くキバくん達。

みんな楽しそう…。

家族で出かけるって、どんな感じなのかな。

帰り支度をしながら、楽しそうな会話を続けている、姿は見えなくなった廊下を見つめると、教室の出入口辺りで静かに佇むナルトくんが目に飛び込んできた。

無表情ではあったけど、だからこそ必死で耐えているんだろうなって事は感じ取れて。

ナルトくん……。

いつもまっすぐで、とっても強いってナルトくんの事を思っているけど、時々帰り際に見かける表情は、寂しいって事を訴えるには十分すぎて。

声をかけたいけど、なんて声をかけたらいいんだろ……。

教室の反対側の扉がガラッと開く音がして、もうほとんど人の居ない教室に、イルカ先生が入ってきた。

「ナルトー、まだ残ってるかー。」

「イルカ先生っ!なになに、何のようかってばよぉっ!」

あっ…、ナルトくん、とっても嬉しそう。

今日、ずっと無理しているように見えたから、嬉しそうな表情を見れて嬉しくて。

「お前、夏休みにアカデミーに来れるか?」

夏休みに、アカデミーに?

なんだろう…。

ナルトくんも首を傾げてる。

「…まぁ、来れっけど何で?」

「ナルト。お前このままじゃ忍になるのも危ういだろ。マンツーマンで指導してやる。お前にやる気があるなら、だけどな。」

「イルカ先生…。…ニシシッ!受けてやるぜ!なんてったってオレってば、火影になるんだからな!その前の忍になるって段階でつまづく訳にいかねーんだってばよ!」

「ナルト…。調子にのるなー。」

ポンッと頭を軽く叩いたようなイルカ先生の手は、ナルトくんの頭をよしよしと励ましているようにも見えて。

「痛っ!へへへ…」

ナルトくん、嬉しそう…。

その嬉しそうな表情が見れて、とっても心が温かくなったように思えて、家路についた。



「一本!そこまで!」

はぁっ、はぁっ……。

撃ち込まれた柔拳に、体の自由が利かない……。

ただ、ハナビが、今日の会合にみえた父様を中心とした相談役の皆様に一礼したのはわかって。

立ち上がるのも辛いけど、でもここでこのままで居るのも、私より誰より、きっと父様が一番辛い想いをされるから…。

無様な姿を晒してしまった事。

こんな私が、日向の宗家である事。

長子である事。

父様、ごめんなさい……。

立ち上がり礼をしてハナビに続き稽古場を出る時に聞こえた声。

「いやぁ、宗家はハナビ様という頼もしい跡取りが居て、日向も安泰ですなぁ。」

「いやはやまったくですな、ヒアシ殿。して、ヒナタ様を廃嫡するのをいつに致すか、この相談役の会合で話し合わねばなりませんな。」

「その時は呪印の儀を執り行わねばなりますまい。」

…いつもの事。

私は何を言われても平気…。

皆様の仰られる通りだと思うもの……。

「ヒアシ殿。弱いヒナタ様をお育てになった責任、宗家として、柔拳を伝承していく指導者として、分家の者たちに納得のいく説明をしてもらわなけばなりませんぞ!」

……っ

私が弱い所為で。

父様が責められてしまうのは悲しくて。

だけど、私にはどうしようもなくて。

消えてしまいたい…。

私なんかが生まれてこなければ、父様が嘲笑を受ける事などなくて済んだのに!

消えてなくなりたい思いで、重い身を引きずりながら日向から抜け出した。


こんな時にばかり、頼るのは違うって思う。

わかっているのに、アカデミーへと足が向いてしまって…。

父様がこれ以上笑われないように、頑張りたい心が欲しい。


夏休みのアカデミーは生徒が誰も居ない中、校舎裏の日陰から「変化っ!」という声が聞こえて。

そっと壁から身を乗り出して覗くと、ナルトくんが、上手に出来なかった変化の術に取り組む姿があった。

「はぁっ、はぁっ…。…くっそーっ!ちっとも上手くいかねーっ!」

「自棄になるな。変化は出来ているんだから、あとはチャクラを練ってだな…」

「理屈はいいってばよっ!オレの何が悪ぃのか具体的に教えてくれよ!イルカ先生っ!!」

「…少し休憩しよう。」

「ちっくしょーっ!」

汗だくでその場に寝転がるナルトくんに振り返らずに歩き去るイルカ先生。

そんなイルカ先生の姿が…少しだけ、父様と被って見えた。

教える側ってどういう気持ちなんだろう…。

私のような出来の悪い娘を教えなければいけない父様は、叱るよりは何も語らずで。

もっと強い、ネジ兄さんやハナビのような私だったら、きっと父様に要らぬ苦労を掛けさせなくて済んだのに……。

空を見上げて息を整えているナルトくんは、どんな気持ちでいるんだろう…。

頑張るって、どこまで頑張ればいいのかな……。

ナルトくんと同じように見上げた空はどこまでも高くて。

私はどんなにちっぽけなんだろうって思ってしまう。

「冷てっ!」

!?

突然の驚きの声に、空を見上げていた顔を、寝ているナルトくんの方へと向けた。

「ハハッ!アイス買ってきたから、少し頭を冷やそうな。」

「イルカ先生…。ニシシッ!サンキュー、先生っ!」

「ところで、ヒナタ。」

「ひゃっ!?」

こちらを振り返ったイルカ先生と目が合ってしまった!

ここに居るのを、気付かれてたなんて!

「ヒナタ? 何で夏休みにアカデミーに居んだ?」

!!?

ななっ、ナルトくんに声をかけられてしまうだなんて!!

気絶してしまいそうな感覚に耐えて、何とか答えようとするけど…、

「私は、その… 」

ここに来た理由を、何て答えたらいいの?

首を傾げるナルトくんに、言葉が続かない……。

「ヒナタの分も買ってきたぞ。アイスが溶ける前においで。」

!!

とっ、溶けさせてしまったら申し訳ない訳で!

「すっ、すみません、イルカ先生!」

「好きなのを選べよ。」

私とナルトくんの前に差し出された買い物袋には、三種類のアイスが入ってた。

「まっ、いっか!アイス選ぼうぜ、ヒナタ!」

「ひゃあっ!はっ、はいっ!!」

ドキドキしながらアイスを選んで、イルカ先生を挟んで座って。

口の中に広がる甘さと冷たさ。

ここまで辿り着いたのも、無我夢中で縋りつくような思いで。

届かないなりたい自分は、どこか夢のような、なれる訳もない強い自分を、届かない空に連想させて。

落ち込んでしまっていたけど、イルカ先生がこうして休むことも必要だって、言葉はなくても教えてくださった気がして…。

きっとナルトくんも同じかなって……。

「アイスうめっ!」

「ハハッ、良かったな。休憩したらまた頑張ろうな!ヒナタも一緒にどうだ?」

!?

「はは、はいっ!よろしくお願いします!」

ビックリしたけど、イルカ先生がお誘いして下さった事がとても嬉しくて…。

「おうっ!一緒に頑張ろうぜ、ヒナタ!」

「う、うん!よろしくね、ナルトくん。」

一緒に頑張ろうって言葉が…。

きっと、ナルトくんにとってはなんて事ない言葉なんだろうけど、私にとっては、重たく沈んでいた心がフワッと軽くなったように感じる程に温かで…。

頑張らなくちゃ…ではなくて、頑張りたい、頑張ろうって心から思えた。

「ニシシッ、そうこなくっちゃ!にしても、アイス超うまいな!」

「フフフッ。そうだね、アイス美味しいね。」

ナルトくん…。

頑張りたい心を分けてくれてありがとう…。

屈託なく笑う顔に、やっぱりナルトくんは強いなって、少しでも追いつけたらって思います。

見上げる空は、なりたい自分のように遠いのかもしれないけど、でも、一緒に頑張っているんだなって思うと、少しずつでもなりたい自分に近付いていける気がするの。

勝手に頼ってごめんなさい。

私も、ナルトくんのように、まっすぐ自分の想いを曲げない、そんな人になりたいです。


<まっすぐ曲げない強さ おしまい>




「甘味処 るなた庵」のるなた様より頂きました!

切ないけれど、ナルトに憧れるヒナタが可愛くて癒される話です。
その場に居たら、ぎゅ〜〜っとヒナタを抱きしめたくなっちゃいます。
さりげなく、ヒナタの分のアイスも買ってきたイルカ先生もGJ!!d(゜∀゜)

アイスを美味しそうに食べる3人がとても素敵な小説でした!

コラボ企画ありがとうございました!
これからもどうぞよろしくお願いいたします(^^)

(2013/8/3)伽那




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