引っ越し



青い空に、白い雲。
爽やかな風が海原から吹いてきた。

一隻の船が、ある小さな島に到着した。
その船から、スーツケースを一つ持って降り立った一人の人物がいた。

日向ヒナタ。
新しい生活を求めて、遠い大陸からこの小島にやってきたのだ。

ある日、彼女は電柱に張られていたチラシを見て、思い切って記載されていた電話番号に電話を掛けた。

新たな地で、新たな生活を求めているあなたへ―――。
詳しくはこちら…!

詐欺まがいのキャッチコピーだというのに、ヒナタは惹かれずにはいられなかった。
彼女の家は複雑で、様々なしがらみが存在した。
その重責に心身ともにボロボロになりかけていたとき、そのチラシを見つけたのだ。

この生活から抜け出せるなら、騙されたっていい。
そう思って、スーツケースに着替えを詰め込み、付き人のコウの監視を振り切って、家を抜け出し、島に唯一通じる定期船に乗り込んだ。

それが三日前だった。
長旅に疲れ果てていたが、これから今までに経験したことのない生活が待っているのだと思うと、心が躍った。

さっそく、船で案内された役所へ向かった。

役所までの道は舗装されて綺麗だった。
道の両脇には、さまざまな花で彩られていて、その背後には芝生が青々と生えていた。
町は静かで、人っ子一人いなかったが、鳥のさえずりや虫の鳴声が心地よかった。
歩くだけで島を堪能していると、やっと島の住人らしき人と遭遇した。

「こんにちは!」

元気よく声を掛けた。
芝刈り機を押していた人物が、ヒナタに気が付き振り向いた。

しかし、次の瞬間、ヒナタはどう反応すればよいのか迷ってしまった。
その人物の頭は黒頭巾で覆われていたのだ。
まるで歌舞伎や文楽で役者を裏から支える黒子の様だった。

白いタンクトップに、ベージュのハーフパンツに、頭の黒頭巾。
汗ふきタオルを首からかけていた。
見えている足の脛はそり残したのか毛が生えていた。

住んでいた街では滅多に見かけない、田舎のおじさんスタイルの彼(?)は、器用に黒頭巾の下からタオルを入れ、汗を拭いた。

「お嬢ちゃん、新しくこの島に引っ越してきた人かねぇ?」

声を掛けられ、ハッと目を覚ましたヒナタは、慌ててお辞儀をした。

「は、はい!日向ヒナタと申します!」

「よろしくなぁ!この島に人が増えてうれしいよぉ。これから、役所に行くのかいぃ?」

「はい、そうです」

「それなら、この道をずーと行って、噴水広場を右に曲がればすぐのとこだよぉ」

言いながら、黒頭巾おじさんは階段を上った先の噴水を指差した。
外見は不思議な人物だったが、とても親切だった。

ヒナタは礼を言って、言われた通りまず噴水広場を目指した。

(いけない、いけない。人を見た目で判断しちゃいけないよね)

しかし、ヒナタにまた衝撃が降りかかった。
黒頭巾おじさんの言った通り、役所は噴水広場のすぐ近くに建っていた。
扉を開いて、移住届の手続きをしようと受付へ行くと、そこにもまた黒頭巾を被った人物がいた。

「あ、あの…移住届を出したいのですが…」

「はい!あ、もしかして、ヒナタさんですか!?わぁ、この島に移住して頂きありがとうございます!」

ハイテンションな高い声ではしゃぐ受付嬢を、ヒナタは放心して眺めていた。
よく見ると、奥のデスクで仕事をしている職員も、全て頭に黒頭巾を被っていた。

(な、なんなの…この島は…)

やはり、怪しいチラシだったようだ。
家を抜け出したい一心でこの島に来たのはいいが、ヒナタはもうちょっと決心を遅らすべきであったと後悔した。
来て早々、帰りたいと思ってしまったヒナタだった。



それからがまたヒナタにとって受難の時間だった。
(先程のハイテンションの黒子譲に)住居になるマンションに案内されたが、そこで紹介されたマンションの管理人にまたもや驚き戸惑ってしまった。
その管理人も黒頭巾なのだ。
お姉口調のその黒頭巾姐さんは、カチコチに固まってしまったヒナタをスーツケースと共に軽々と持ち上げ、部屋へ連れて行った。

「さぁ、ここがあなたの部屋よ」

家具も何もない、シンプルな部屋だった。
そこに放り込まれ、やっとヒナタは意識を取り戻した。

「あ、ありがとうございます…あの、家具などはどのようにすれば…電話では設置済みと言っていましたが」

「嗚呼、あれには語弊があったのよねぇ。家具とかは、“あること”をすれば自動的に設置されるようになっているの」

「じ、自動!?」

「まぁ、それは自分で見つけなさいな〜」

じゃあね、とひらひらと手を振り、黒子姐さんはそくさくとヒナタの部屋を出て行った。
状況がつかめず、ヒナタは頭を抱えしゃがみこんだ。

(どういうことだろう…電話で言っていたことと違う)

チラシには夢の楽園生活が待っていると書かれていなかったか。
電話で確認すると、家具も何もかも揃っているから身一つでも大丈夫だと言っていなかったか。

黒子姐さんが最後に言った“あること”は気になったが、それを考える余裕がヒナタには無かった。

もしかしたら、島の住人全員黒頭巾を被っているのだろうか。
いずれヒナタもその頭巾を被らなくてはならないのだろうか。

黒頭巾に衝撃を受け、肝心の生活のことが頭の中から抜けてしまった。

ピンポーン。

突然、チャイムが鳴った。

また黒子だろうか。
怯えながら、ヒナタは恐る恐るドアスコープから外を覗き見た。
窓からは黒色ではなく金色が見えた。
少なくとも黒子ではない様だった。

ゆっくり扉を開け、隙間から覗き見ると、そこには金色の髪の男が立っていた。
明るく活発そうな雰囲気で、青い瞳はまるで空の様に澄み切っていた。

とくんと心臓が跳ね上がった。
顔が赤く染まった。

目は金髪の青年にくぎ付けになり、視線を離すことができなかった。
突然のときめきに戸惑いを感じつにはいられなくて、緊張した口は金魚の口の様にパクパク開閉した。

その様子が可笑しく思ったのだろう、青年はぷっと吹き出し、笑い出した。

「ははは…おまえ、面白いな!」

「あ、あああ、あなたは…?」

「嗚呼、突然来てすまねぇってばよ。俺はうずまきナルト。お前の隣部屋の住人だってばよ。よろしくな!」

そう言って差し出す手は、自分のものより一回り大きかった。
その手にそっと手を伸ばし、握手をした。

「こ、こちらこそ、よろしくお願いします…」

ヒナタの中で、安心感が生まれた。

(良かった。黒子さんばかりじゃなかった)

ヒナタの新たな生活は、黒子の衝撃から始まり、そして謎のトキメキからスタートするのだった。





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