本心恋心(12)




父はナルトが岩陰に隠れていることに気が付いていたのだろう。
ナルトが出て来たことに驚いた様子は無く、微笑んでいた。

ヒナタの目は泣き腫らした後で真っ赤になっていた。
突然自分が出て来たので驚いたのだろう、目を見開いたまま固まっていた。

「ナ、ナルト…く…ん?」

やっと彼女の声を聴くことができた。それは、弱々しいものだった。
それもそのはず。自分が仕出かした心の傷と、それに上乗せされたミナトの指摘に、身も心もボロボロになっているからだ。

親子共々、一人の女の子の心にズカズカと土足で踏み込んだのだ。
本当なら嫌いになって、言葉さえ交わしてくれないだろう。
だが、ヒナタは、きっと、自分のことばを苦しくても聞いてくれるだろう。
そのような気がした。

震える足を、ゆっくり進めた。
土を踏む音が、やけに大きく響いた。

「ヒナタ…あのさ…」

「…あ…ああ…」

ヒナタは、首を振り、言葉にならないうめき声をあげた。
ナルトが一歩近づけば、同じく一歩下がった。

(なんで、引くんだよ…オレの話を聴いてくれよ)

予想外のヒナタの行動に、ナルトはひどく動揺した。

「…ぃ…や…こ…ぁ…いで…」

(オレを拒絶しないでくれよ…ッ!)

やっと勇気を出せたのに、やっと気持ちに応えることができそうなのに。
その相手が自分の存在を拒むことに、ショックを隠せなかった。
原因は自分にあるのだが、そのことは頭の隅に葬られていた。

ナルトは気が付かない。
今自分の頭にある気持ちが、ヒナタの為ではなく、自分の為であることに。

「…もう、2人ともじれったいなぁ…」

ミナトがぎこちないナルトとヒナタに呆れたのか、溜息を吐いた。
ヒナタの背後に回り、彼女の肩を掴んだ。
それを見たナルトは激高した。

「父ちゃん!なにヒナタに触ってんだよ…っ!」

「やれやれ、ナルトもヒナタさんも、もっと素直になりなよ」

そう言って、ボンっとヒナタをナルトの方へ突き飛ばした。
ヒナタは一瞬反応が遅れ、そのままナルトの胸に飛び込む形になってしまった。

ふわりと甘い香りが、ナルトの鼻を燻ぶった。
腕の中のヒナタは、柔らかくて、暖かかった。
しかし、まだ身体は強張ったままで、ナルトに抱かれていた。
上から覗き込んで、怪我がないことを確認して、父を睨んだ。

「いきなり突き飛ばすんじゃねェってばよ!ヒナタが怪我したら、どーすんだよ!」

「どうするも、こうしないとナルトはヒナタさんに一生触れることができないんじゃないかって思ったんだ」

「…んな!」

何を考えているのだ、この男は。
ナルトはそう思った。

一瞬にして、胸のモヤモヤが吹き飛んだ。
父に対して、無用な嫉妬心を抱いてしまった。
拍子抜けする台詞に、毒気を抜かれてしまい、ナルトは嫉妬があほらしく思ってしまった・

父が微笑みながら言った。

「よく話し合いなさい。そして、お互いのことをよく知りなさい」

これ以上話すことはないと、締め切られたようだった。
一体、父は何をしたいのか。
ナルトにはさっぱり理解できなかった。
ヒナタも同様で、困惑した顔で父を見ていた。

「お似合いなんだから、ね?」

満面の笑みで二人に笑いかけた父は、その台詞を最後に瞬身の術で消えてしまった。
丘には、ナルトとヒナタだけがぽつんと取り残された。

しばらく、抱き合ったまま動くことができなかった。
顔が異常に熱い。
頭がぼーとして、考えることができなかった。
まるで湯上りの様だった。

最初に動きを見せたのはヒナタだった。
腕を伸ばし、ナルトとの距離を作ろうとした。

ナルトはそのヒナタを彼女の背中に腕を回し、強引に押し戻した。
折角、彼女を捕まえることができたのだ。

(そう簡単に手放して堪るかってばよ)

ジタバタ暴れるヒナタを、強く、優しく抱きしめた。
小さな悲鳴や抗議の声が、胸に刺さったが、それも心地良く感じた。

ようやく観念したようで、ヒナタは大人しくなった。
そして小さな声でナルトに問いかけた。

「四代目様との話、聞いていたの…?」

「うん」

「全部?」

「ほぼ、な」

「…私、死にたいって思ってないよ?」

「どうかな」

ヒナタがむっと顔をしかめた。
このような表情もできるのか、とナルトは内心驚いた。
しかし、ヒナタの新たな一面を発見できて嬉しく思った。

拗ねてしまったのか、ヒナタは頭をナルトの肩に預けた。
さらに密着した状態になり、心臓が飛び跳ねた。
その振動はなかなか治まりを見せず、むしろ激しくなっていった。
腕震えた。
誤魔化すため、ヒナタをさらに強く抱きしめた。
また短い悲鳴が上がった。

その声で正気を取り戻した。
ナルトも言わなければならないことがあったのだ。

「…オレがサクラちゃんといるところ、見ていたよな」

「………うん」

「逃げたろ」

「うん」

「傷ついた?」

「…うん…」

「すまねぇ…オレ、自分のことしか考えられていなかった」

ヒナタは、はっと頭を上げ、ナルトの顔を見ようとした。
しかし、ナルトはヒナタの頭を強引に自分の肩へ押さえつけた。
顔を見られたくなかったのだ。

ナルトの顔を見ることが叶わなかったヒナタは、今度は耳元で囁いた。

「ナルトくんは我が儘だよ」

初めてヒナタから非難された。
しかし、悪態を吐かれても仕方がないと思っている自分がいる。

「サクラさんが好きなのでしょ?……どうして私を追いかけて来たの。どうして、私を抱きしめるの」

そう自分は我が儘だ。優柔不断だ。
正直、サクラへの想いも決着を付けたのか自信がない。
だから、答えがいつまで経っても導き出せないのだ。

「すまねぇ…。オレ、馬鹿だからさ、オレさえ良ければ、それでいいと思っちまっているんだってばよ」

ヒナタのこと優先的に考えれば、今、この腕は解いているだろう。
しかし、そうしないということは、自分の欲が表に出ているからだと、感じていた。

「ヒナタ……オレの傍にいてくれ…」

隠れているときに感じた、喪失感。それはあまりにも悲しかった。

「オレの為に、生きてくれよ」

ネジの様なことは、もうたくさんだ。
このとき、ネジの言った言葉がやっと理解できたような気がした。

(あれは、オレじゃなくて、ヒナタに対して言っていたんだな…)

ネジはヒナタの心の奥底の気持ちに気が付いていたのかもしれない。

「嘘…」

「ウソじゃない」

ナルトはさらに擦り寄ってヒナタを抱きしめた。
ビクリとヒナタが震えた。

「生きろ」

顔をヒナタの頭に寄せて、そっと髪に口づけた。

「なんで……本当…に…どうして…!」

「オレが言っているんだ、それ以上の理由はねぇ!」

ヒナタが泣きだした。
ジャージが彼女の涙で濡れた。

大声を出すつもりはなかった。
もっと彼女を思いやった言葉で話したかった。
だが、怒り、悲しみ、愛しさなどの想いが自身の中で混ぜ合わされ、どうしようもない衝動に駆られてしまった。

ナルト自身も、自分で何を言っているのか分からなかった。
脳よりも、心よりも、口からどんどん言葉が出て来たのだ。

ヒナタの為と想いながら、結局は、自己中心的なことを言っていることは分かっている。
それを直すのは困難だった。

謝罪を込めて、ナルトは全身の力を込めて、ヒナタをもうこれ以上隙間を無くすかのように引き寄せた。





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