キャンバスの花



静かな部屋に、鉛筆が擦れる音と練り消しを叩く音が響いている。

窓を隔てて外からは賑やかな声が聞こえてきていた。

太陽の明かりが差し込み、暗い部屋に窓の形を作り上げている。
明暗がくっきり別れたシルエットは、それだけで芸術作品のように思えた。

サイは無言で鉛筆を滑らせていた。
まるで生きているように、黒鉛がキャンパスを滑っていた。

目線をキャンバスから前方へ移した。
前方には桜色の髪をもつ少女が座っていた。

「動かないでくれよ」

「…だって、暇なんだもの」

「もう少しだから」

「ん…」

沈黙は続く。
不意にサクラが口を開いた。

「なんで私がモデルなの?」

「君にしか頼めなかったんだ」

サクラが自分の髪の毛先を障って、目線をちらりと向けた。

「いのは家の手伝いで無理って言っていたし、ヒナタはナルトがガン飛ばしてくるから近づけなかったし、テンテンはおとなしいって絵にならないし」

「あんた、それ言ったらテンテンさんに蜂の巣にされるわよ」

「ははは、そうかもしれない」

サイは口許に笑みを浮かべ、鉛筆を自在に操った。
くるくると指に巻いては解く仕草をしながら、サクラは言葉を続けた。

「……自分で言うのもなんだけど、私もモデル向きじゃないとおもうけど」

「確かに、ブスだし」

「なっ」

「でも、髪と目の色が綺麗だ。」

「……」

外見だけ?とサクラは嬉しく思いつつも、複雑な気持ちになった。
手を髪から離し、膝の上でぎゅっと握り締めた。
サクラの様子に気がついたサイは、筆を止め、声をかけた。

「もっと、わらってくれよ」

「笑っているじゃない」

「もっと、もっとだよ」

サスケ達といるときより、なってないよ。

心で呟きながら、サイは鉛筆に力を込め、顔の輪郭線を濃く描いた。

彼に見せる笑顔は、名前の通り桜が咲いたように素敵だ。
普段、人の外見は誉めるところではなかったが、彼女だけは特別だった。

彼女の笑顔を独り占めしたい。

この気持ちがどこから来るのかわからなかった。
だが、名前だけは知っていた。

「君の笑顔に――してるんだ」

「え?何か言った?」

かたんっと鉛筆が手から滑り落ちた。
先端が折れ、胴体がカタカタと跳ね、やがて落ち着き、コロコロと足元を転がった。

心のなかで呟いているつもりが、声に出していたらしい。

「今の…聞こえてた?」

「笑顔がどうのこうの言っていたけど」

「……本当に笑顔が出ないんだなって言ったんだよ」

「そんなことだろうと思った」

気のせいか彼女の顔が赤くなっているように感じた。

「さ、もっと笑ってくれよ」

落ちた鉛筆を拾い上げ、状態を起こした。
顔をあげると、目の前に桜の花が咲いていた。
いや、よく見るとサクラの笑顔だった。

口許が緩む。
これだ、自分がほしいと思っているものは。

鉛筆が軽やかに踊る。
練り消しがリズムを刻む。
サッサッサッとキャンバスが音をだし、トントンと拍子を取る。

蕾だった彼女の顔が、みるみるうちに満開になっていった。

彼女の翡翠の瞳に光を加え、サイはそっと鉛筆と練り消しを置いた。

「完成だ」

キャンバスには見事な花が咲いていた。


end...




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