人魚鉢(十二)


ぽちゃん。

ぽつり。

頭の中に響く、軽く弾むような音色。
何の楽器の音だろうか、ヒナタはその可愛らしい音色に耳を傾けた。
足元がひんやりと冷たく、しかし冷たすぎない心地よさ、胸元から頭にかけては、ほんのり暖かく、優しい香りがした。

意識が浮上してきたが、まだしばらくはこの心地よさを堪能していたい。
うつらうつらとしている中、何かがわしわしと肩を揺する。

「んっ…もうちょっと…」

「こんな状態でよく眠れるな…」

低い声に驚き、ハッと目を開く。
まずオレンジと黒のジャージが目に入り、びくびくしながら顔を前方へ向けると、ナルト――九喇嘛が困った顔でヒナタを見ていた。

「よぉ、起きたか」

ヒナタは九喇嘛(ナルト)の上に覆いかぶさっていることにようやく気が付き、飛び跳ねた。

「ご、ごめんなさいっ」

慌てて九喇嘛から離れ、頭を何度も下げる。
恐縮しきっているヒナタの額をツンと突き、九喇嘛は体を起こした。

「まぁ…なんだ…押し倒すのは、ワシじゃなくてナルトにしろ、な」
「な、何を言っているのですか、九喇嘛さん!?」

ヒナタは真っ赤に染めた顔を両手で多い、顔の火照りを押さえようと努めた。




冷静を取り戻して、周りを見回した。
湖の傍に居たはずだったが、いつの間にか別の場所に移動させられていたらしい。

天井からは、ツララのように鋭くとがった石灰の突起がぶら下がっていた。
そこから滴り落ちるエメラルド色の水。
零れ落ちるたび、地面に溜まった水溜りに当たり、軽やかな音を奏でる。

ヒナタが聴いた音はこの音だったらしい。

天井にぶら下がっている石灰は、衝撃を与えると今にも折れて落ちてきそうだった。
当たったら怪我だけでは済まされないように感じた。

灯りがないはずなのに、鍾乳洞は煌々と光っていた。
主にエメラルド色、しかし虹色にも輝くこの場所は、幻想的で美しい。

「ここは、一体…どこ?」

立ち上がろうとしたが、ふらりと目眩がした。
後ろ向きに倒れかけたが、九喇嘛に抱き止められた。

目が覚めたばかりのときはそれほど感じなかったが、身体に圧力が掛かっているようで思うように体を動かすことができない。

驚きスッキリした頭は再びぐわんぐわんと回り始め、鍾乳洞の様子が歪んで見えた。

九喇嘛が心配そうにヒナタの顔を覗き込んだ。

「やはり、普通の人間ではこの空間は苦だろう」

九喇嘛曰く、この空間は現実にある場所ではなく、誰かの術で作られた幻術のような類の場所らしい。
フラフラする身体を叱咤して、ヒナタは震える膝に力を入れ、立ち上がった。





ヒナタと九喇嘛は、注意を祓いながら、奥へと歩みを進める。
微かにだが風が通っていた。その風に乗って、泡姫が出現したときに聞いた音色も聞こえた。
もしかしたら、泡姫のいる場所に繋がっているかもしれない。

(そこには、きっとナルトくん達も…!)

希望を抱くと、薄暗い見知らぬ場所に放り出された不安は消えた。
ヒナタは、一歩一歩力を込めて歩いた。

しかし、意志は保てるが身体は悲鳴を上げていた。
目眩は酷くなるばかりだ。

「どこまで続くのだろう」

つい弱音も吐いてしまう。

「九喇嘛さんは私より大丈夫そうですね」

「嗚呼、ワシは元々ナルトの中に封印されていて、異空間で過ごしている感じだからな。こういう感じの場所には慣れている。ただ、操っているのがナルトの身体だから、先程より思うように動かせないが…」

ヒナタは眉を顰め、ギュッと拳を握った。

(頼ってばかりいられない…!私は自分ができる範囲で頑張らないと!)

つるつると滑る石灰の上を、慎重に進む2人。
敵の罠の中と理解できていても、その幻想的な光景には目を奪われそうになる。
この美しい場所から動きたくないという思いは、泡姫の術中にはまっているからだろうか。
そう感じずにはいられないが、美しいものは美しいと感じてしまう。

そのとき、2人の頭上に小さな影が多数現れた。
パタパタとひらめく翼のようなもの、コウモリかと思ったが、その翼のようなものは一つだけだった。

小さな紅いモノが光った。
それは一瞬で広がり、天井はすっかり赤く染まった。

その中から一つの影が飛出し、ヒナタ達に襲いかかってきた。
目が赤い、鋭い牙を携えた魚だった。

「気を付けろ!」

九喇嘛がパシッと魚を跳ね除けた。
それは壁に当たり、ぺしゃりと潰れた。

「魚が飛んでいる!?」

「突っ込んでいられないぞ!」

斥候を皮切りに、数えきれない人食い魚が襲いかかってきた。

「八卦六十四掌!」

「おらぁあ!」

九喇嘛の攻撃から、彼らは決して強くはないと推測できた。
体もそんなに固いものでもなく、叩けば軽く潰れてしまう。
力のない分、数で勝負するきだろうか。
とにかく数が多すぎて、連携して攻撃するが、防ぎきれなかった。

元々地形に不利があった。
本調子でないヒナタは、足を滑らせ、前のめりに倒れてしまった。
その隙を突かれ、ヒナタの足首に噛みつかれてしまった。
激痛が走った。
あの弱そうな風貌のどこからこのような力を出すことができるのだろうか。
足を振って引き離そうとするが、噛みつきが強く、簡単に離れてくれなかった。
身体を仰向けにさせ、状態を起こし、手で魚を掴みそのまま壁に打ち付けた。

その時、皮膚が少し持って行かれた。
少し皮膚がめくれ、歯跡は深々と残っている。
そこから鮮明な血が流れ出す。

「物陰に隠れていろっ!」

ヒナタを抱え上げ、岩陰まで連れて行く。
くぼんだ所にヒナタを押し込め、九喇嘛はヒナタを背に人食い魚に立ち向かった。

口から尾獣玉を放ち、人食い魚を一掃する。
その衝撃で天井のツララが折れ、落ちる。
それに巻き込まれた魚もいて、直接手を加える手間を省くことができた。

「ぐぅ」

背後から忍び寄ってきた魚が、九喇嘛の足首を狙って噛みついてきた。
もろに攻撃を受け、九喇嘛は膝を着いた。

「九喇嘛さん!?」

「問題ない!お前は、そのまま風が流れてくる方へ向かえ!」

「できません!」

上着の裾を破り、流血する脹脛(ふくらはぎ)に巻き、ヒナタは立ち上がった。
傷口から激痛が走るが、我慢した。

くぼみから飛び出し、再び九喇嘛に襲い掛かる魚を柔拳で弾き飛ばした。

「何故出て来た!?行けと言っただろう!」

「九喇嘛さん、忘れていませんか。その身体はナルトくんのものです」

10匹で襲いかかってきた相手を、拳にチャクラを溜め、思いっきり薙ぎ払った。
バシャと水が弾けるような音で、人食い魚は潰れ、溶けていった。

「あなたも助けたい。でも、一番はナルト君達だから…!」

ヒナタはにっこり笑う。
汗が噴き出していた。
相当無理をしていることは一目瞭然だった。

「絶対、あなたもナルトくん達も守ってみせる……っ!」

彼女の力強い瞳を横目で見て、九喇嘛はふっと笑った。

(さっきまでへこたれていた小娘が)

ニヤリと口の端を上げ、パチンと拳を合わせた。

「ふん!わしも甘く見られたものだな!」

声が笑っていた。
ヒナタもクスクスと笑っている。

もう守りには回らない。
無理をしてでも前へ突き進む。



―――面白くない…。



突然、女の声が頭の中に響いた。
いや、鍾乳洞全体に声が響いている。

声の主を探し、2人は魚を払いながら辺りを見回した。

瞬き一つすると、景色が変わっていた。

鍾乳洞から打って変わり、そこは半円状のドームなっていた。
岩が青白い光で光っていて、空中にいくつもの水泡が浮かんでいた。

『あそこで諦めると思っていたのに、お前達はしぶといやつらよのぉ』

金髪の長い髪を光らせて、すーと何処からともなく女性が現れた。
妖艶に微笑むその顔に、ぞくりと冷たい何かが背筋を走った。

「あなたが、泡姫っ」

彼女は、ゆっくり艶めかしく片腕を上げ、浮かんでいる水泡の一つを手元に寄せた。
口元から白い歯を見せ、面白いものを見るような瞳でヒナタ達に笑いかけた。

ヒナタは目線を泡姫から彼女の引き寄せた水泡へ移した。
その水泡の中に人影があることに気が付き、目をこらすと、ヒナタは驚き息を詰まらせた。

「ナルトくん!?」






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